第六十一話 少年の理由〜グレナ伯爵一家殺害事件〜8
残酷な描写及び、人が死ぬ描写はここまでとなります。次話より再び平和な展開がしばらく続きます。
そこからの記憶は、ウィリスには無い。
ただ気が付いた時には、ウィリスの足元にあの黒髪の男が倒れており、周囲は赤く染まっていた。
当然ながら男は既に事切れており、物言わぬ存在となっていた。
ふと我に返ったウィリスが、直ぐそばで蹲るようにして倒れ込んでいるルッカのもとへと急いだ。
「ルッカ!」
「………」
ウィリスの呼び掛けに、ルッカは何も言わない。
「ルッカ!」
ウィリスはしゃがみ込み、ルッカの肩を揺らした。
その途端、ルッカの体は傾げ、床へと横に倒れた。
「ルッカ、ルッカ!」
それでもウィリスは、ルッカの体をこれでもかと揺するが、ルッカは何の反応も返さない。
「ねぇルッカ、起きてよ…。あいつ、やっつけたよ…。もう僕らに酷い事をしてくる奴は居ないから…。もう大丈夫だから…。ねぇ、ルッカ、目を覚ましてよ…」
何度も、何度も、ウィリスがその体を揺さぶっても、ルッカは閉じた目を開かなかった。
何も言ってはくれなかった。
そうして暫く経ち、ルッカがもう二度と起き上がる事も、話す事も無い身となったのだとウィリスの心が認めた時、やっとウィリスは涙を流すことが出来た。
ウィリスはただ一人、ルッカの亡骸のそばで泣き続けた。
父と母を失っただけではなく、ルッカまで死なせてしまった。
しかもルッカは、ウィリスを庇って死んだのだ。
ルッカより強くなったと驕っていた。
ルッカくらいは守れると思っていた。
それが最後は、武器も持たないルッカに守られて生き延びた。
身につけてきた剣術で全ての敵を倒したのに、結果として誰も守れずに終わってしまった。
何もかもが無駄に思えた。
自分一人が生き残ってしまったことさえも…。
そしてウィリスは、あれ程までに嬉しそうに剣を振るっていた自分自身に、激しい嫌悪感を抱くようになっていた。
「だから僕は、あの日から剣を手にするのが怖かった。あの日の残虐な僕が本当の僕で、そんな僕がまた剣を手にしたら、同じ様に人を斬るかもしれないと思って…。もしかしたら本当の僕は、人を殺す事に喜びを感じるような歪んだ人間なんじゃないかと思って…。僕はそんな自分が怖かったし、レイリアに、そんな姿を見られたくなかった…。だから僕は、自分から剣を遠ざけたんです」
「……」
ウィリスの語る過去は、セラにとって予想以上に重い内容だった。
なんと言葉を返すべきかも、今のセラには分からなかった。
ただ黙してウィリスを見つめていると、一息付いたウィリスが再び口を開いた。
「でもそれは間違いだった。僕は剣を遠ざけるんじゃなくて、剣と向き合って、あの日を乗り越えなきゃいけなかった。でも弱い僕はそれが出来なくて、周りの人の、レイリアの優しさに甘えて、あの日の事を考えないようにしてしまった。そのせいで…、僕のせいで、レイリアは負わなくて良い傷を負ってしまった!僕が守れたはずなのに…。僕が剣を遠ざけていたせいで…」
ウィリスはそこまで語ると、掛布を強く握り締めた。
「僕は…、僕はそんな弱くて情けない今の自分が、どうしても許せない!」
声を震わせながら自分自身をそう断じたウィリスは顔を上げると、セラを射るように見入る。
「だからセラさん、どうか僕に剣を教えて下さい!もう二度と大切な人を失わないよう、大切な人を守る為の力が、僕は欲しい!」
その目を見開き、叫ぶ様にして希うウィリスの姿に胸が締め付けられたセラは、思わずウィリスの体を抱きしめた。
「分かったわ。あなたの願い、私が出来る限り叶えてあげる。でもね、私は手助けするだけよ?あなたの持つその心の傷は、あなたが自分の力で乗り越えなければならないから。だから剣だけじゃなく、心も強くなりなさい、ウィリス」
セラの言葉に
「はい」
と大きく頷いたウィリスは、再び己の目に涙が溜まっていくのを感じていた。
これにて第一章が終了となります
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(*- -)(*_ _)ペコリ
引き続き第二章もよろしくお願い致します
(*- -)(*_ _)ペコリ




