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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
少年、少女 それぞれの理由
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第五十七話 少年の理由〜グレナ伯爵一家殺害事件〜4

ここより数話の間


残酷な描写があります

人が死ぬ描写があります


ご注意ください

 それは、グレナ湖周辺が暗闇に飲み込まれた夜半の事だった。


「ウィル、起きて!ウィル!」


 深い眠りの中にいたウィリスは、同じ寝室の隣のベッドで寝ていたはずの姉のルッカに乱暴に揺り動かされて無理やり叩き起こされた。


「何?ルッカ、どうしたの?」


 寝ぼけまなここすりながらベッドの上に体を起こすと、ルッカは突然目の前に剣を突き出してきた。


「早くこれを持ちなさい!」


 意味がわからウィリスがずキョトンとした目をルッカへと向けると、ルッカは厳しい顔付きでウィリスへと剣を押し付けてきた。


「早く!」


 強い口調で命じられ、ウィリスは何がなんだか分からないまま剣を受け取った。


 渡されたのは、剣術の稽古でいつも使っている刃先が潰された剣だ。


「まさか、こんな夜中にまで稽古するつもり?」


 呑気のんきに問い掛けるウィリスに、ルッカが静かな怒りをぶつけてきた。


「バカ言わないで!さっきガラスの割れる音がした後、お母様の悲鳴が聞こえたの。その後下が急に騒がしくなって…」


「何だって!」


 ルッカの言葉で一気目が覚めたウィリスは、嫌な予感を抱えながらベッドから飛び降りると寝室を飛び出した。


「待って、ウィル!」


 後ろから追いかけて来るルッカを無視し、寝室のあった二階から一階へと続く階段を目指して短い廊下を走る。


 そして、後数歩で階段に差し掛かろうかという時、目の前の階段から見た事が無い男の顔が現れた。


「子供がいるぞ!」


 きたならしい髭面ひげづらの男が背を向け下に向けそう叫んだ瞬間、ウィリスの目にはある物が映った。


 それは、男の背に負われたボウガンと、右手に握られた剣だった。


 すぐさまウィリスは相手が自分達に害を成す人間であると判断し、剣を振り上げ男に飛び掛かった。


 ウィリスは階段の段差を利用して、振りかぶった剣を勢いに任て思い切り男の頭に叩きつけると、すぐさま男の頭を蹴飛ばした。


「ぐわあっ!」


 ウィリスに蹴られた男が叫び声を上げながら、階下へと落ちていく。


「ウィル!」


 追いついたルッカに、ウィリスが告げた。


「ルッカは僕がいいって言うまでここに居て!」


「でも!」


「弱いヤツがそばにいても邪魔なだけだ!」


 この時 すでにハーウェイ家の護衛剣士と互角以上に戦える様になっていたウィリスは、自分より弱い姉に対し吐き捨てる様にそう言い残すと、階段を一気に飛び降りた。


 すると、足元に先程倒した男が持っていた剣が落ちていた。


(真剣…)


 ウィリスは今まで模擬刀か刃先を潰した剣しか使う事を許されていなかった。


 だが今はそんな事を言っている場合では無いと判断し、手に持っていた剣を投げ捨てると、刃先が怪しく光る剣を拾い上げた。


 それと時をほぼ同じくして、一階奥にある寝室へと続く廊下から二人の男が現れた。


「どうした!」


「何があった!」


 男達は剣を手にして立ち尽くすウィリスと、その側でピクリとも動かず倒れ込んでいる仲間を見つけ激昂げきこうした。


「おい、小僧!お前がやったのか!?」


「そうだけど?」


 血走った眼を向ける男に、ウィリスは冷めた口調で言い返した。


「この野郎!よくも!」


 そう言うや否や、一人が剣を振りかざしてウィリスへと走って来ると、もう一人も数拍遅れて剣を抜き、ウィリスへと向かって来た。

 

 それを目にした瞬間、グエンの言葉がウィリスの脳裏をぎる。


「剣を手に向かってくる者には、躊躇ちゅうちょ無く立ち向かえ。そこで命を掛けたやり取りが出来てこそ一人前の剣士だ」


(一人前の剣士か…)


 命の危機が迫る中、今こそ己が剣士として認められるかどうかの分水嶺ぶんすいれいだと感じたウィリスが、剣を手に二人へと立ち向かう。


 ウィリスがトランセアで従騎士候補生だった頃に教え込まれていたのは、型としての剣術というよりも、実践的な戦闘術や戦術であった。


 そして、ウィリスに対する剣士としての英才教育は、ルタルニアへやって来てからもグエンによって続けられていた。


 その内容は、定形通りの剣術や体術はもちろん、敵と戦う上での心構えや、武器の種類、対戦人数や戦闘環境を含めた各種状況に応じての戦い方等、多岐たきに渡っていた。


 その中でウィリスのような小さな子供に合う戦い方としてかれたのは、

「相手の動きを止めるために、ずは足を狙え」

というものであった。


 そして、命を狙ってきた者に対しては、

「可能な限りその場で絶命させろ」

と言われた。

 

 下手に生き残られてしまうと再び命を狙われかねないだけで無く、生き残った者にこちらの情報を持ち帰られ、次に対峙たいじした時にこちらが不利な状況に陥る危険性があるからだ。


 この考え方は、機密事項を多く抱えるトランセアの聖騎士としてのものだ。


 綺麗事きれいごとを並べた様なルタルニアやグランシアの騎士道からは外れているが、グエンは剣の道は綺麗事では済まされないと身をって熟知していた。

 

 だからこそ、剣士となる事を既に己の生きる道として定めていた娘と息子に対し、グエンは真の意味での剣士とさせるべく、トランセア流の教育を施していた。


 そんなトランセア式英才教育を受け、更には元から剣士として非常に優れた身体能力を持ち合わせていたウィリスが、今ここに、初めて命をした戦いに臨んだ。


 一人目の男が振り下ろした剣をあっさりとくぐり抜けたウィリスは、そのまま二人目の男の元へと走り込むと、素早くその太腿ふとももを剣で切り裂いてその動きを止めた。


 そして、振り向きざまに痛みから崩れ落ちた男の首元へと狙いを定め、迷う事なく一気に斬りつけた。


 男の絶叫が響く中、ウィリスは先ほどかわした一人目へと標的を移して身体を動かし続けた。


 仲間がやられた事で激怒した目の前の男は、何事かをわめきながらめったやたらに剣を振りかざしてくるが、だからこそ逆に隙が多い。


 剣を避ける振りをして、ウィリスは相手の右斜め後方目指して転がり込むと、起き上がりざまに右の太腿へと剣を一突きし、すぐさま引き抜いた。


 男は痛みから悲鳴を上げながらも、背後にいるウィリスへ対峙たいじするため左足を軸に身体をひねろうしたのだが、その左足へと既に体制を立て直したウィリスが剣を振り抜ていた。


 両足に傷を負った男はとうとう立っていられなくなり、前のめりに床へと音を立てて倒れ込んだ。


 床に腹這いとなった男は、それでも右手で持った剣を振り回していたので、ウィリスは一思いに首元へと一気に剣を突き刺した。


 ここまで三人を相手にしてきたが、正直ウィリスは物足りなさを感じた。


 そして、こんな小さな子供の自分にあっさりとやられてしまうなんて、なんてこの大人達は情けないのだろうかとさえ思った。


 既に動きを止めて床に転がる三人を一瞥いちべつしたウィリスは、フッと鼻で彼らを嘲笑あざわらうと、父と母が居るはずの部屋へと急いで足を向けた。

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