第四十六話 少年の怒り13
「悪いけれど、身代金を払うつもりも、売られるつもりも無いわ!」
そう言い切るや否や、レイリアは呪文を唱えて突風を起こした。
「風魔法!」
一般的に魔術士が魔法を使うには、発動する魔法分の魔力を杖や掌へ溜めてから呪文を唱える必要があるため、魔術士が魔法を唱えるかどうかは周囲から一目瞭然であった。
だが、魔力量が多い者は瞬時に扱える魔力も多く、低級魔法を放つ際に魔力の溜めを必要しないので、呪文の詠唱とほぼ同時に魔法を発動させることが出来た。
レイリアもまた、その身に宿る魔力量が桁外れに多い事から、詠唱すれば瞬時に低級魔法を放てた。
しかし、魔法を詠唱と同時に発動させる程の魔力量の持ち主は、ルタルニアでは王国魔導士の称号を持つ者か、大陸内では高位魔術士と呼ばれる者しか居らず、魔術士の中でもほんの一握りだった。
まさか目の前の少女がその数少ない魔術士の一人であるとは当然知る由も無かった水色の髪の男は、逃げる間も無くレイリアの魔法をまともに喰らった。
「なっ!」
レイリアから放たれた強烈な風の圧を受けた男は、あっという間に体を宙に浮かせ、背後にあった木箱の山へと激突した。
「ぐあっ!」
潰れた蛙のような短い呻き声を上げた男の上に、トドメとばかりに崩れた大量の木箱とその中身の瓶、更には割れた瓶の中に入っていた液体が襲いかかる。
「うわぁ…」
想像以上の惨状にぽつりと呟いたウィリスの右手を、今度はレイリアが引いた。
「ウィル、今のうちに早く逃げないと!」
「うん」
そうしてウィリスと共に走りかけたレイリアが、床に落ちていたある物を目にして立ち止まった。
「折角だし、これは貰っていきましょ」
レイリアが拾ったのは、レイリアの風の魔法で吹き飛ばされた男が持っていた真剣だった。
「レイリア、剣を持っていくつもりなの?」
恐々と尋ねてきたウィリスに、レイリアはハッとなった。
以前のウィリスは小さい体であるにも関わらず大人顔負けの剣の使い手で、ウィリスはきっと大人になったらグエン同様騎士になるのだろうと、レイリアは思っていた。
そして、騎士になる事を夢見るレイリアにとってのウィリスは、ライバルであると共に追いかけるべき存在でもあった。
それが、グレナ伯爵一家殺害事件で家族を失って以来、ウィリスは剣を振るう事が出来なくなった。
それも当然だろう。ウィリスの家族は、全員、剣によって斬り殺されたのだから…。
「ウィルは真剣が嫌かもしれないけれど、今は護身用に持っているべきだと思うの」
「……」
「出来るだけ剣は使わないようにするから、少しだけ我慢してくれる?」
ウィリスは不安げな表情を浮かべてはいるものの、レイリアの言葉にコクリと頷いた。
そんなウィリスの心を慰めるようと、レイリアが微笑んだ。
「大丈夫よ。ウィルの事は私が守ってあげるから」
その言葉に、ウィリスは複雑な笑みを浮かべて、
「うん…。ありがとう」
と、小さく答えた。
それから二人は再び入り口を目指そうとしたが、その途中の通路がレイリアの魔法で崩れた荷物により塞がれていたため、違う道を探す事となった。




