第四十四話 少年の怒り11
「ウィル、どうしたの?何でそんなに慌てているの?」
驚いたレイリアがウィリスへと問いただす。
「アトスが真っ先に敵へ突っ込んで行って、攻撃魔法を使ったからだよ!」
「アトスは魔術士だもの、魔法で攻撃するのは当たり前でしょ?」
然も当然といった顔をするレイリアへ、ウィリスは首を振った。
「いいや。戦闘が起こった場合、まず魔術士は味方に補助魔法を掛けるべきなんだ。そうしないと、もし敵に魔術士がいた場合、敵の魔法で全滅する可能性があるから。
それに、魔術士と剣士の攻撃速度は、呪文の詠唱がない分圧倒的に剣士の方が早い。だから、今回みたいな接近戦だと、敵の剣士に狙われた魔術士はあっという間にやられてしまう可能性が高いから、出来るだけ敵から離れた所に居るか、味方の剣士の後ろに居なきゃいけないんだ。
それなのにアトスは、そういう基本的な戦術を全部無視して戦ってる。あんな戦い方をしていたら、下手したら殺されるぞ!」
荷物の隙間からアトス達と盗賊達の様子を垣間見ているウィリスが、苦々しい表情をしたまま言った。
「そんなぁ…」
「だいたい魔術士って言うのは、攻撃も回復も戦闘の補助も出来る、戦いの切り札的な存在なんだ。だから戦場では真っ先に狙われるし、魔術士を失った部隊は全滅の危機さえあるって僕は教わった。
そうならない為にも、魔術士は後衛に居なきゃいけないっていうのに…。あれじゃ、狙ってくれって言ってるようなものじゃないか!
いくら他の二人が優秀だとしてもだよ?アトスがあのまま前にいたら、こっちの方が数が少ないんだ、アトスを守り切れるかどうかわからないよ!」
「もしアトスがやられたら、どうなるの?」
「アトスがやられた時に向こうの魔術士がまだ戦えるなら、僕らは全員、殺されるかもしれない…」
ウィリスから放たれた衝撃的な予測に、レイリアは顔色を失った。
「そんな…。冗談でしょ?」
「僕がこんな時に冗談を言う様な人間に見える?」
いつもは少し高い声で話すウィリスの声音が、今は随分と低く感じ、それが余計にウィリスの話は真実なのだとレイリアの心に突き刺さる。
「見えない…」
レイリアは弱々しく首を振った後、もう一度ウィリスを見た。
「そうしたらどうすれば良いの?アトスに後ろに下がれって言えば良いの?」
「それを言いに行ったところで、巻き込まれて死ぬか怪我するだけだと思うよ」
「それならどうすれば良いの?」
「逃げるしかないだろ!」
「アトス達は?」
「置いていくに決まってる」
「えっ?」
ウィリスの容赦無い台詞に、レイリアが一瞬固まった。
「悪いけど、僕は彼らに巻き込まれて死ぬつもりも、怪我をするつもりもない。だから僕には、レイリアを連れて逃げるっていう選択肢しか無い」
冷たく光る漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめながら、レイリアがウィリスへと問う。
「アトス達はどうなっても良いって言うの?」
「うん」
「……」
間髪入れずに返ってきたウィリスの答えに、レイリアは驚きから何も言えなかった。
だが、ウィリスからすると、レイリアのその無言の反応は、レイリアがウィリスを責めている様に見えた。
「だって、仕方ないだろ?僕からしたら基本的な戦術にさえ則らないで戦うとか、自殺行為にしか見えないんだよ。そんな奴らに付き合って自分達まで危険な目に遭うとか、流石にそれは受け入れられないよ…」
言い訳じみたウィリスの物言いにレイリアは違和感を感じたものの、ウィリスが話した内容の後半部分に対しては、もっともだと思った。
「それに、僕たちが今ここから出て守備隊を呼びに行けば、アトス達も助かるかもしれないし、あの石板泥棒達も捕まえてもらえるかもしれないよ?」
さぁどうする?と問うようにウィリスが言う。




