第四十二話 少年の怒り9
それにしても、石板一つに五千万ジリーとはいくら何でも高すぎる、とレイリアは思った。
以前執事のラザエルに、リシュラスのゼピス邸を買うとしたら幾らくらいになるのかと尋ねたら、三億ジリー以上はすると言われた。
その際、ゼピス邸だからその値段になるが、下級貴族の邸宅なら五千万ジリー位が相場だろうという話も聞いていた。
つまり、まだ解読もされておらず、益になるかどうかも分からない石板一つに、王都の貴族の邸宅一軒分の金を払えと言うのだ。
(破邪の剣でさえ一本約一億ジリーで取引されているのに、石板一つで五千万ジリーは無いわぁ)
茶髪の男が石板に付けた余りに強気な値段設定に、侯爵令嬢であるレイリアでさえ引いていると、その斜め前でアトスが赤いビロードの巾着袋を男達に見える様に差し出した。
「流石に五千万ジリーは重過ぎて持って来れなかったからな、代わりにこいつを持ってきた」
アトスはそう言うと、金糸で編まれた紐を解いて巾着袋を広げて中へと右手を突っ込み、何やら取り出してきた。
「グリスデンだ。この大きさなら五千万ジリー以上の価値はあるだろう」
アトスが目の前にかざしたのは、既に雫型に象られた一万ジリー金貨程の大きさのグリスデンだ。
グリスデンとは、この大陸で取れる一番高価な宝石で、大きさだけではなく、無色で透明度が高い物がより高級とされている。
アトスが持つグリスデンは、大きさもかなりの物だが、その透明度も抜群に高く、レイリアから見ても高品質のグリスデンだと分かる物だった。
何故こんなにも高級な宝石をアトスが持っているかといえば…。
(そうだった。ファルムエイド家って、グリスデンの鉱山を持ってるんだっけ!)
大陸内でグリスデン鉱山があるのは、グランシアとルタルニアで、ルタルニア国内ではファルムス領内のテルメーラ鉱山でしか採掘されない。
恐らくアトスの手にあるあの大きなグリスデンも、ファルムエイド家が管理するテルメーラ鉱山で採掘されたものであろう。
薄暗い倉庫内で、淡い照明の光を弾いてキラキラと場違いな輝きを放ちまくる大きなグリスデンに、石板泥棒達から
「おぉっ!」
という感嘆の声が上がる。
「いいだろう。取引成立だ。この石板はお前にやろう」
茶髪の男がニヤニヤといやらしく笑いながら、石板入りの木箱から立ち上がった。
「取引の前に、お前達が持っている石板が本物かどうかを確かめさせてもらいたい」
アトスは茶髪の男へそう伝えると、ホーデスにグリスデンの入った巾着袋を預けた。
「構わないぜ」
茶色の髪の男の指示を受け、黒髪と青髪の男が木箱から石版を取り出し、慎重に床へと置いた。
それは、レイリアが両手で輪を作るくらいの大きさの丸い石版だった。
「レイリア、アレが本物かどうか僕と一緒に確かめてもらえないか?」
「分かったわ」
レイリアは小さく頷くと、アトスと共に床に置かれた石板へと近づき、その場にしゃがみ込んだ。
「この嬢ちゃん、石板に詳しいのか?」
「あぁ。彼女は本物の石板を見た事もあるし、古代語も読める」
「へぇ。すげぇな」
頭の上で交わされるアトスと眼鏡の男のやり取りを無視し、レイリアは石板の確認作業へと移った。
丸い石板はやはり相当古いものらしく、周囲に所々欠けが見て取れるが、肝心の文字の部分は殆ど無事だ。
レイリアはホッとしながら石板の中心へと目を向けると、そこには六芒星が描かれており、その周りを取り囲む様に細かな古代ルーシャン語が刻まれている。
(ボーネフォラウム?)
石板に刻まれた古代語の書き出しは、そんな言葉から始まっていた。
だが、レイリアの記憶にはボーネフォラウムなる言葉がなく、出だしから意味が解らない。
もう少し先を読めば何かしら明らかに出来るかもしれないと、思わず古代語に夢中になりかけたレイリアへ、茶髪の男が話しかけてきた。
「どうだ?本物だろ?」
男の声にハッとなったレイリアが立ち上がった。
「えぇ、本物だわ!しかも、丸い石板だなんて珍しいわね!」
「だろ?」
思わず浮かれた声を上げたレイリアに、茶髪の男は得意げに胸を張った。
「ではその石板を頂こう。グリスデンを持ってくるから待っていてくれ」
このアトスの言葉に、レイリアの心は舞い上がった。
(これでガトーレの石板が戻ってくる!今まで嫌な事ばかりされていたけれど、今回だけはアトスに感謝しないと!)
レイリアはそんな事を考えながら、足取り軽く、アトスに伴われてウィリス達がいる場へと戻った。




