第四十話 少年の怒り7
王都リシュラスの港湾部、ラシール地区。
そこには王国一の大きさを誇るリシュラス港があり、大型の貿易船が何 艘も停泊していた。
そして、船の近くの陸地には、この時間帯ならばこれから船に積み込まれるのであろう荷物があちらこちらに置かれており、その荷を運ぶための人々が多く行き交う場所では、そこかしこで喧騒が起こっていた。
だが、港から少し外れた倉庫街は、物の出し入れが主になされる午前を除き、昼間と言えども人の気配は殆ど無く、時折空を飛ぶ海鳥の鳴き声か、遠くに船の汽笛の音を聞くのみだった。
そんな静かな倉庫街の一角にレイリア達の乗った馬車は止まると、御者台に乗っていた二人の内、アトスの護衛の剣士が降り立った。
護衛が馬車の扉を開けると、まずは黒い従者服に身を包んだホーデスが降り、その後にウィリス、アトス、そして最後にアトスのエスコートでレイリアが馬車から降りた。
全員が揃ったところで、アトスが己の従者の名を呼んだ。
「ハルン」
「はい。皆様こちらでございます」
呼び掛け一つで主人の意を解したホーデスが先導するように歩き始めると、その後ろをアトス、更にその後ろにレイリアとウィリス、そして最後尾に護衛の順で付いていった。
倉庫街を歩き始めて暫くしたところで、レイリアがアトスに尋ねた。
「ねぇアトス。目的地はまだなの?」
レイリアからの問いかけには、アトスでは無くホーデスが答えた。
「もう直ぐですよ」
「そう、もうすぐ着くのね」
そのレイリアの返事を合図に、ウィリスがトラウザーズの右ポケットへと手を入れた。
そして、懐中時計を取り出すフリをして、ポケットに隠し持っていた小型の魔力発信器へと手を伸ばした。
(頼んだぞ、ルッジ!)
ウィリスは今回の作戦の鍵となる自分の従者に心の中で全てを託すと、魔力発信器のボタンを押した。
そもそも、レイリアとウィリスが考えたアトス対抗策はこうだ。
もしアトスがレイリアの予想した通りに何らかの危険性が高い行動を取ると確信出来た場合、ウィリスが従者のルッジに居場所を知せ、ルッジが王都守備隊を呼ぶというものだ。
そして、ルッジにレイリア達の位置を知らせるための魔道具として、ウィリスが魔力発信器を持ち、ルッジには魔力受信器を持たせていた。
魔力発信器と魔力受信器は、風の貴秘石が割れた時に起こす共鳴作用を利用して作られており、発信器と受信機双方に割れたばかりの貴秘石の欠片を入れる事で、発信器のおおよその位置を受信器で調べられるようになっていた。
だが、その共鳴作用が起きるている時間は、割れてから約 一時(二時間)だけなので、この魔道具が利用出来るのもその間だけとなる。
アトス達を欺く必要性もあったウィリスは、ポケットから懐中時計を取り出すと、魔道具の残りの使用時間を確認した。
どうやら貴秘石を割ってから九十の刻(九十分)近くが経っている。
(あと約三十の刻か。間に合ってくれ!)
そう念じながらウィリスが懐中時計を眺めていると、とある倉庫の入り口前でホーデスの歩みが止まった。
「コンコン コンコン コンコン」
ホーデスが倉庫の扉に二回ずつのノックを三回繰り返すと、扉の向こうから男の声がした。
「誰だ?」
「ローンデール殿より紹介を受けた者です」
「少し待ってくれ」
男の返事のすぐ後から扉の内側でガチャガチャという金属音が続く。
やがてその音が収まると、やっと扉が内側より開かれた。
「お前達がローンデールの知り合いか?」
「えぇ。この通り、紹介状もございますよ」
ホーデスが胸ポケットから一通の封筒を取り出すと、水色の髪に茶色の目をしたガラの悪そうな男がそれを引ったくるようにして取り上げた。
「確かにローンデールの印に間違いねぇな。入れ」
男は封蝋の印璽の紋様が美術商のヒューゴ=ローンデールのものだと確認すると、封筒をホーデスへ突き返し、顎で倉庫の奥を示した。
「では」
和かに返したホーデスに続き、薄暗い倉庫へとレイリア達も足を踏み入れた。




