第三十八話 少年の怒り5
レイリアがアトスに返事を送ってから四日後。
アトスの招待を受けたレイリアが、とうとうファルムエイド家へ行かなければならない日がやって来た。
つまり、レイリアはアトスのあの手紙の中身について、ファウスへと知らせる事が出来なかったのだ…。
何しろ今のファウスは建国祭の準備もあり非常に忙しい日々を送っているため、帰宅時間が毎日深夜近い。
それ程多忙なファウスに、あんな馬鹿馬鹿しい手紙をわざわざ読ませるなんて気が引けた上、レイリアの立てた裏付けの無い予想を聞かせて要らぬ心配を掛けさせたくも無かった。
そして、こういう時こそ頼りたかった兄のカイは、アトスから手紙が送られてきた日の前日からトランセア国へと旅立っており、今回は何の役にも立たない。
そんな訳で、今回の対アトス戦略は、レイリアとウィリスのみで立てなければならず、レイリアとしては非常に心許なかった。
そして、その日の午後。
「主人の命によりお迎えに参りました」
と言ってゼピス家に現れたのは、アトスの従者、ハルン=ホーデスだった。
いつも通りの貴族の子弟姿にポニーテールのレイリアが、ホーデスの前に一歩進み出る。
「ホーデス、今日はウィルを連れて行かないといけないのだけれど、構わないわよね?もし駄目ならば、今回のお招きをお断りしないといけないのだけれど?」
レイリアはアトスの従者に対し、普段とは違う高圧的な態度で言い放った。
「恐れながら、私はレイリア様をお迎えするよう主から言い付かっているのみでございますので、グレナ伯爵様におかれましては、私の一存でお受け出来るかどうか判断致しかねます」
「そう。それならウィルに関してはアトスと直接話すから、取り敢えずアトスの所へ連れて行ってくれるかしら?」
「畏まりました」
こうしてレイリアとウィリスは、最初の懸念事項であった、『二人一緒に迎えの魔導車へ乗り込むこと』を成功させた。
もとより二人は、ホーデスがウィリスの同行に難色を示すだろう事は想定済みであった。
とはいえ、例えそうなったとしてもホーデスが使用人である以上、侯爵令嬢の願う伯爵の帯同を断る事は出来無いとも考えていたので、ホーデスの対応はある意味二人の予想通りでもあった。
二人を乗せた魔導車はファルムエイド家へと向かわず街中を走り抜けると、リシュラス湾に面した王都北部の街外れに来た所で止まった。
事前のホーデスの説明通り、どうやらここがアトスと落ち合う場所らしい。
二人が車を降りると、護衛を連れたアトスがやってきた。
「やぁレイリア、ごきげんよう。ところでそのチビを招待した覚えはないんだが?」
アトスは挨拶もそこそこにそう言うと、ウィリスへ蔑みの眼差しを向けてきた。
だが、そんなアトスの態度はいつもの事なので、ウィリスもまた平常通りの無表情対応で挨拶を述べる。
「アトス様におかれましては、ご機嫌麗しく。僕がレイリアと共にこちらへ参りましたのは、レイリアから依頼され、今回の件に関して不正が無いかを見守る為でございます」
ウィリスの説明に、アトスの眉がピクリと動いた。
「不正だと?この僕がやましい真似をするとでも言いたいのか?」
「まさか!僕自身はそうは思っておりませんよ?ただ物事の清濁の判断には第三者の目が必要な場合がございます。まぁアトス様ほどの方が、僕がいると困るような事をなさるとは思えませんけれど…」
「当然だろう!」
「それでしたら、僕がいても何ら構いませんよね?」
そこでウィリスがあざとい程の作り笑いをアトスへ向けて浮かべると、作戦通り、レイリアからもウィリスへの援護が入る。
「理由はそれだけでは無いわ。知ってると思うけれど、私、昔誘拐されたことがあるの。それ以降の我が家の決まりとして、私は一人で出掛けるのを禁止されているのよ。だからいつもは侍女を連れているのだけれど、アトスからもらった手紙を読んだら、今回は荒事が起こるみたいだし、女性にそういう場面を見せるのはどうかと思って。その代わりもあってウィルを連れてきたのだけれど、駄目ならば私、帰るわね」
レイリアを含め、女性に荒々しい行為を見せるのは礼儀に反するという批判をチクリと混ぜながら、レイリアがウィリスの帯同を認めるよう求めると、アトスはフッと息を一つ吐いた。
「そういう理由があるのならば仕方が無い。そいつの同行を認めよう。但し、僕とレイリアの邪魔はするなよ」
「心得ました」
ウィリスが大人しく了承した後は、特に揉める事も無く移動となった。




