第三十七話 少年の怒り4
普通ならばバカバカし過ぎて破いて捨てる内容なのだが、どうにも引っかかる部分があった。
『上手くいけば、レイリアが追い求める物を捧げる事が出来るだろう』
レイリアがずっと追い求めている物と言えば…。
(石板しか無いけれど、そう簡単に手に入る物では無いし…)
そう思ったレイリアだったのだが、そこでふと、以前交わしたヴィモットとの会話を思い出した。
(先生は確か、ガトーレで発掘された石板が、リシュラスに運ばれる途中で盗まれたとおっしゃっていたはず…)
そしてレイリアは、まさかの事態を想定する。
(もしかしてアトスは、ガトーレで盗まれた石板を取り戻す気じゃ?)
手紙に書かれていた悪党に正義の鉄槌を下すやら、レイリアが追い求めている物を捧げるやらという文言からして、どうにもそんな予感がする。
盗まれた石板をまだ軍は見つけ出せていないらしいが、ファルムエイド家の力を使えば、裏からいくらでも探しようがあるだろう。
そして、アトスがその石板を取り戻し、更には盗んだ者達をも一網打尽にしたとなれば、社交界でのアトスの評判は、家柄や見た目も合わさり最高のものとなるだろう。
そうなってしまえば、いかにレイリアがアトスを拒絶しても、実力・能力主義を掲げる我がゼピス家の思想の下では、アトスとの婚約が認められてしまいかねない。
(まずいわね…)
どうにかしてアトスの目論見を潰さなければと考えていたところに、ウィリスの冷ややかな声がした。
「レイリア。まさかとは思うけれど、このアトスの招待を受けるつもりは無いよね?」
「いいえ。受けるわ」
躊躇無く答えたレイリアに、ウィリスの切れ長の目が見開いた。
「はぁ!?何考えてるんだよっ!?」
非難の声を上げるウィリスに、思わずレイリアは声を荒げて返した。
「仕方がないでしょ!?行かなきゃいけない理由が出来たんだから!」
「何だよ、その理由って!?」
「アトスの野望を打ち砕くためよ!」
「意味わかんないよ…」
頭を抱えるウィリスを前に、レイリアは自分の推測を話した。
但し、何故アトスが石板をレイリアに贈ろうとしているかの説明については、レイリアが本当は魔族を調べる為に石板を探しているという事実を隠し、石板の封印を解いて破邪の剣を手に入れる為との嘘を付いた。
レイリアがウィリスに魔族の存在を明かせないのには、れっきとした理由があった。
ルタルニアを含めた大陸各国は、魔族の存在を公にすれば人々に混乱をもたらすとし、魔族の情報を機密事項扱いとしていた。
そのため、魔族の存在を知る者はその存在を無闇に明かすことが出来ず、もし明かせば法により罰せられるのだ。
取り敢えず最後までレイリアの話を聞いていたウィリスが、難しい顔をして聞いてきた。
「それって、あくまでもレイリアの予想だよね?」
「そうよ。でも状況的にはあり得ない話では無いと思うの」
「そうだけれどさ…」
「だから、アトスが何をしようとしているかを確かめに行きたいの」
「うーん」
腕を組みながら唸るウィリスに、レイリアは話続けた。
「行ってみて、もし私の予想通りならそれこそ守備隊に知らせるべきだし、違うのならそれはそれで問題ないでしょ?そういう訳だから、アトスの招待を受けようと思うの」
行かせたくないウィリスからすれば、どっちにしても問題があるだろうと言いたいが、レイリア本人が行くと言っている以上、止める事は難しい。
納得出来ない部分は大いに有るが、ウィリスはレイリアを引き止める事を諦めた。
「分かった。もう止めない」
ため息混じりに了承したウィリスにレイリアは顔をパッと明るくしたが、続くウィリスの言葉に目を丸くした。
「だけど、レイリアを一人でアトスの所へ行かせるなんて流石に心配だから、僕も付いて行く」
「えっ!?」
そのレイリアの反応に、すかさずウィリスがレイリア落としの会心の一撃を放つ。
「駄目かな?」
小首を傾げてしょんぼりと眉尻を下げる可愛らしいウィリスは、まるで捨てられた仔犬のように憐憫を誘い、レイリアの心を打ち震わせた。
「ううん!全然駄目じゃないわ!だから安心して一緒に行きましょう!」
ポニーテールを振り乱すほど首を振り、それからにっこりと微笑みながら少しズレた了承の言葉を口にしたレイリアに、ウィリスは内心黒い笑みを浮かべていた。




