第三十四話 少年の怒り1
ウィリスが倒れた日に結局ファウスは帰って来ず、レイリアはウィリスの件をファウスに話す事が出来なかった。
しかも、ファウスが居ないその日の夕食は、レイリア、カイ、ウィリスの三人で取ることとなったため、ギスギスとした兄妹の雰囲気が食堂を覆っていた。
この異様な二人の状態を目にしたウィリスが、レイリアへ
「カイと喧嘩でもしたの?」
と尋ねてきたのだが、その質問にはカイが、
「レイリアが反抗期なだけだよ」
と、軽い口調で説明しただけだった。
ウィリスもそれ以上の事は聞いて来ず、結局その日のレイリアは、苛々としたまま一日を終えたのだった。
次の日の夜、レイリアがイラバ剣術道場よりゼピス邸へと戻ると、既にファウスが帰宅していた。
早速レイリアは父に会うためエイミーに取り次ぎを頼むと、父からは書斎へ来るようにとの返事があり、レイリアは父のもとへと急いだ。
書斎前まで来ると、レイリアは一度深呼吸をした。
そして、扉を三回ノックしてから名乗ると、扉がファウスの魔法によって開かれた。
「失礼します」
一言断りを入れてからレイリアが書斎へ足を踏み入れると、目の前の大きな机の上には相変わらず書類やら書物やらが山積みになっている。
いつかその山が崩れるのではないかとレイリアは常々思っているのだが、今のところ崩れた所を目にした事は無い。
そんな紙の束の山の向こう側で、ファウスは椅子に座って書類に目を通していたのだが、レイリアがやってきた事で顔を上げ、目を細めた。
「こちらへ来なさい、レイリア」
顔つき同様優しげな声音のファウスとは反対に、表情を硬くしたレイリアが机の前へと歩み出た。
「父様。お話ししたい事とお伺いしたい事があります」
「ほう。何かな?」
「昨日ウィルが倒れた事についてはご存知ですか?」
「あぁ、その話ならば昨夜のうちに報告が来たな」
「実はウィルが倒れた時に少し気になる事を言っていたので、父様にお知らせした方が良いかと思ったのです」
レイリアの話に、ファウスが一つ頷いた。
「ふむ、なるほど。それでウィリスは何と言っていたんだ?」
「どうして、と…。ウィルはそう言って倒れたのですが、後から本人に聞いても覚えていないと…」
「それで、レイリアはその言葉の何が気になるんだ?」
「私には、どうして助けたんだ、とウィルが言おうとしていたような気がして…。倒れる前のウィルの様子もおかしくて。ウィルならばあれくらい簡単に避けられるはずなのに、全然避けようともしなくて。むしろわざと当たろうとしていたようにも見えて…。なので、もしかしたらまた前みたいな事になっているのではないかと思って…」
右手を胸の前で握りながら不安げな瞳を向けてくる娘を前に、ファウスが大きく頷いた。
「分かった。ウィリスの事に関しては私の方で対応するから安心しなさい」
「はい」
ファウスの言葉に安堵し、ほっとした顔を浮かべたレイリアへ、ファウスが続けて優しく問うた。
「それで聞きたい事があるとも言っていたようだが?」
その問い掛けに、和らいでいたレイリアの表情がいささか厳しいものへとなる。
「はい。兄様から私がこのまま剣術を続けるのであれば、お祖母様が私の魔力を封じるだろうと言われました。この話は本当なのでしょうか?」
レイリアの発言に、ファウスは息を一つ吐いた。
「まだ決まったわけでは無い。だが魔力の暴走がこれ以上のものになれば、いずれは人にまで害が及んでしまう。その事は解るな?」
兄が話していた通りの事を父からも指摘され、レイリアは神妙に頷いた。
「はい」
「抑える事が出来ない魔力は周囲にとり危険以外の何物でもない。魔力の暴走は制御方法を学べば抑えることが出来るが、お前の持つ魔力量を鑑みれば、一朝一夕では身に付きはしないだろう。だがお前が魔術を学ぶ事を拒否している以上、魔力の暴走を止めることは出来ない。そうであるならば、最後は母では無く親である私が責任を持ってお前の魔力を封じる事になるだろう」
「……」
(やっぱり、兄様の言う通りなのね…)
このままでいれば生まれた時から当たり前に持っている力を確実に失う事になるのだと思い、寂しさからしんみりとした気持ちとなったレイリアへ、ファウスが意外な質問をしてきた。




