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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
少年、少女 それぞれの理由
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第三十一話 少女の理由〜ゼピス侯爵令嬢誘拐事件〜7

 黒髪の剣士を中心とした騎士たちの奮闘によって『アーブレ・ロウス』が随分と削られたのか、魔族の動きが随分と鈍くなってきた。


 目で見る限りでは、戦況はこちら側が圧倒的に有利に思える。 


「先生!父様達勝てそうじゃない?」


 レイリアは笑顔でヴィモットを見上げたが、ヴィモットは険しい表情で戦いを見守っているままだった。


「戦いとは最後までどうなるものかわからぬものです。喜ぶのは早過ぎますぞ」


 釘を刺されたレイリアがムッとなると、そこへ魔族の声と思われる、あの女性の様な声が聞こえてきた。


『おのれ…。人如ひとごときが…』


 震えるように絞り出されたその声には、魔族より劣っているはずの人という種族に追い詰められた事への悔しさと無念さがありありと含まれている。


 だが、問題とすべきは続けざまに放たれた言葉だ。


『やはり、風の娘を取り込むか…』


(風の娘って…)


 レイリアは魔族の言葉を心の中で反芻はんすうし、誰を示すのか考えた。


 周りには大人の男性しかいない。


 その中で娘と言えば…。


 僅かな時間の中でその言葉が誰を示すかをレイリアが結論付けた頃には、魔族は騎士達を振り払って舞い上がり、レイリアを目がけて滑空かっくうしてきていた。


(だから何で私が狙われるの!?)


 レイリアがそう思ったと同時に、誰の者とも判らない声がヴィモットの名を叫ぶ。


「オルドス様!」


 ヴィモットは魔族の狙いがレイリアだと悟ると、レイリアを素早く背後に隠して光の攻撃魔法を唱えた。


「エヴォール・クレスティア!」


 宙に浮く魔族へと目がけ、眩いばかりに輝いた大きな光球が飛んでいく。


「先生、魔法は効かないんじゃ?」


「時間稼ぎくらいにはなりますぞ。さ、お早く!」


 ヴィモットに手を引かれて走り出したレイリアは、目の端で光の球の行方を目で追うと、それは見事に魔族へと命中して爆発した。


(やったぁ!)


 しかし、その喜びはすぐさま消え去った。


 魔族の体には何の変化も見当たらず、爆発によって宙で足止めを食らっただけのようだ。


(やっぱり魔法は効かないんだ…)


 頭では分かっていたものの、心のどこかで魔法でも少しは戦えるのではないかという淡い期待を抱いていただけに、レイリアは目の前の結果に対し落胆らくたんせずにはいられなかった。


 一瞬動きを止めていた魔族が、またもレイリアへと近づいてくる。


 しかも今度はただ近づいてくるだけでは無かった。


 全く呪文を唱えず、つまり無詠唱で攻撃魔法を放ってきたのだ。


 これにはさすがのヴィモットも立ち止まり、魔法防御の呪文を唱えた。


「フォルグ・ラス・クレスティナ!」


 おかげで無事に攻撃魔法は全て防げたが、こちらが立ち止まっている間にも向こうは距離を縮めてきた。


 そして顔の造作がはっきり認識できる距離まで来た時、魔族の四本の腕がウニョウニョとレイリアへ長く伸ばされた。


(うわっ。なにこれ気持ち悪い!)


 人の腕ではなしないその光景を前にし、レイリアの背には悪寒おかんが走った。


 そして、そのレイリアの前ではヴィモットが土魔法の呪文を唱える。


「ダーヴァ・エーファ!」


 詠唱終了とともに目の前には強固な土壁が現れ、魔族から伸ばされた腕は行く手を阻まれた。


 取り敢えずこれでまた逃げる時間が稼げると思ったのも束の間、目の前にあったはずの土壁が綺麗さっぱり消え去った。どうやら魔法が打ち消されたらしい。


 レイリア達との間に何の障害も無くなった魔族が、再びその不気味な腕を伸ばしてくる。


 その迫る魔族に対してヴィモットは最後の抵抗をすべく、レイリアの前にその身をていした。


 その瞬間。


「ぐふぉっ…。うぅ…」


 ヴィモットを覆っていた光の膜が失われ、ヴィモットの口からはレイリアが聞いたことの無い声が漏れ出た。


「先生?」


 心配そうに尋ねるレイリアへ、ヴィモットは腹部を押さえると、苦痛に顔を歪ませながらも振り向いた。


「お逃げ、くだされ…」


 傷を負いながらもレイリアを守るように立ちはだかるヴィモットに苛立った魔族は、老魔導士の頭を掴むと、軽々と脇へと投げ飛ばした。


「ヴィモット先生!」


 床へと投げ飛ばされたヴィモットの元へと駆け出そうとしたレイリアの行く手を魔族がはばむ。


『風の…。そなたを取り込めば…』


「ひぃっ!」


 一歩、二歩と、じわじわと近づきながら手を伸ばしてくる魔族に、涙目のレイリアもまた、一歩、二歩と後ずさる。


(もう、ダメだ…)


 ボロボロとあふれる涙で視界がにじみ、その水色の瞳に何もかもが見えなくなって来た時、レイリアは短かった自分の人生の終わりを覚悟した。

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