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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
少年、少女 それぞれの理由
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第一話 少年と少女1

「コンコンコン」


 扉を叩くのは、水色の長い髪をポニーテールに結い上げ、貴族の少年装束に身を包んだ子供。


 しかし、部屋の中に居るであろう人物へ掛けたその声は、少女のものだった。


「ウィルいる?入るわよ?」


 まだ何も返答が無いにもかかわらず男装の少女は勢い良く扉を開くと、部屋の中へと入っていった。


「あれ?いない。もぉ、どこ行っちゃったのよ?」


 艶やかな長い髪と同じ澄んだ青空のような色をした大きな瞳に、少女は不機嫌さを浮かべていた。


 だが机の上に置かれている物が目に入った途端、その瞳がぱっと輝いた。


「あれは!」


 少女ははやる心を抑えると、素早く机へと近づいた。


(やっぱり!破邪の剣だ!)


 机の上には剣の手入れの為の道具一式と、彼女が憧れる『破邪の剣』が置かれている。


 『破邪の剣』


 いにしえの物語『女神の雫』にて語られている、人と精霊にあだなした『魔族』を、唯一 ほふることが出来ると言われている神剣だ。


 しかしそれは、あくまでもお伽噺とぎばなしの中の話である。

 

 現実的には貴秘石と呼ばれる魔力を秘めた特殊な石をめる事で、剣や使い手に魔法を帯びさせたり、ある程度の魔法攻撃を防ぐという特殊な性能から、剣の使い手ならば誰もが求める剣であった。


 更にはその刀身に浮き出る不思議な文様もんようや、つばつかに施された繊細せんさいな彫りこみと飾られた宝石の美しさから、装飾品としても貴族や富豪たちから人気が高い。


 そんな引く手 数多あまたな破邪の剣ではあるが、この剣を現在の技術で作り出すことは不可能なため、今では所有者より譲り受けるか、遺跡から発掘された石板の封印を解くことでしか手に入れる事は出来なかった。


 少女の目の前に置かれている破邪の剣は、光沢のある黒い鞘に収められており、一般的な剣より少し細めの刀身が特徴的だ。


 そしてこの剣にも、つばには細かい彫刻、つかには螺鈿らでんと金を用いた美しい装飾が施されており、柄頭つかがしらには破邪の剣の特徴の一つである貴秘石をめるための穴が開いていた。


(ウィルもいないし、少しくらいは触っても平気よね)

 

 少女は高鳴る鼓動を抑えながら破邪の剣へとそっと左手を伸ばし、さやを掴み上げると、右手でつかを握り絞めた。


 そして、ごくりと唾を飲み込むと、覚悟を決め、一気に刀身を引き抜いた。


「シャーッ」

という金属が擦れる音がし、鞘から刀身が姿を現すと、少女は思わずその美しさに言葉を洩らした。


「うわぁ、綺麗…」


 持ち主の少年によって良く手入れされた刀身は、窓から入り込んでくる陽光を反射して、炎の様な紅色の輝きを放ちながら、不思議な文様を浮かび上がらせた。


 その幻想的な美しさを湛えていた刀身に少女が思わずうっとり見とれていると、突然扉の方からまだ変声期前の少し高めの少年の声音がした。


「レイリア!」


「わぁっ!」


 急に名を呼ばれた少女、レイリアは、手にしていた破邪の剣を危うく落としそうになり、部屋の入口へと非難の眼差しを向けた。


「驚かさないでよ!ウィル!」 


 レイリアの視線の先には、彼女よりも背が低く、涼やかな漆黒の瞳と艶やかな髪を持った可愛らしい少年が、怒りの様相を呈して立っていた。


 そして少年はレイリアと目が合うなり、

「はぁ…」

とわざとらしく大きなため息を一つ吐くと、彼女の方へと歩みを進めてきた。


「勝手に他人ひとの部屋へ入るだけじゃなく、勝手に他人ひとの物をいじるなんて、淑女しゅくじょたしなみどころか、人としての嗜み以前の問題だね」


 目の前の少年から呼び掛けられた時にはまだ自らの非を認め謝ろうかとも考えていたレイリアだが、投げかけられた嫌みに一気に謝罪の気持ちがえてしまった。


「だって折角一番最初にウィルへ伝えようと思って来たのに、ウィルが居ないんだもの」


 レイリアはムッとした様子で言いながら、慣れた手つきで剣を鞘に戻すと、近づいてきた少年、ウィリスへと破邪の剣を差し出した。


 その剣を受け取ったウィリスが、レイリアを軽く睨み付ける。


「前から言ってあるはずだよね。この剣には触れるなって」


「良いじゃない、ちょっと触るくらい。減るモノでもないんだから。だいたいウィルはもうこの剣を使わないんだからわたしに頂戴よ!」


「レイリアにはあげないって、いつも言ってるだろ」


「どうしてよ?」


「レイリアには相応ふさわしくないからだよ」


相応ふさわしくないってどういう意味?私がまだ弱いから?」


「そういう意味じゃなくて…」


「じゃあ、どういう意味よ!?」


 本当の理由を答えられず困惑するウィリスを助けるかのごとく、女性の声が割り込んできた。


「お二人とも、そこまでになさって下さい」


 声と共に部屋へと入ってきたのは、レイリア付きの侍女であるエイミー=ソルデルタだ。


「レイリア様、皆様へお知らせしたいお気持ちはわかりますが、ヴィモット様がいらっしゃいましたので、すぐにお部屋へお戻りになられて下さい」


「もうそんな時間?大変!」


 エイミーの言葉に慌てたレイリアがパタパタと小走りでウィリスの部屋から出て行くと、その令嬢らしからぬ後ろ姿を目にしたエイミーが小さなため息を吐いた。


「ウィリス様、レイリア様が毎度お騒がせ致しまして申し訳ございません」


 ウィリスへと向き直ったエイミーが軽く一礼すると、ウィリスが苦笑いを浮かべた。


「別にいつもの事だから気にしてないよ」


「そういう訳には参りませんわ。無断で男性のお部屋に入り込むなど、淑女としては許されませんもの」


「仕方がないよ。レイリアは僕を男として見てはいないから」


 少し悲しげにそう返しながら、机に広げていた手入れ道具と剣を手早く片付け始めるウィリスに対し、使用人としてこれ以上何も言う事が出来ないエイミーは、

「それでは私も失礼させて頂きます」

と告げると、ウィリスの部屋をしたのだった。

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