第二十四話 少女の憂鬱5
「魔力の暴走か…」
粉々に散った貴秘石の欠片が、灯りに照らされキラキラと舞い落ちる。
その中で顔をこわばらせているレイリアを前に、カイが言葉を続けた。
「分かっているとは思うが、魔力の制御方法を学ばないままでいると、今みたいな事がどんどん起こるぞ」
「分かっているわよそんな事!」
カイの指摘にレイリアは強がって応じてはみたものの、その表情からは戸惑いが隠せない。
レイリアの魔力の暴走による貴秘石を用いた機器の故障は、ここ最近目に見えて増えていた。
それは、レイリア本人の『魔術士としてでは無く、剣士として生きていきたい』という思いとは反対に、魔術士としての魔力が増してきているという証だ。
一般的な魔術士ならば、魔力が増える事はそれこそ喜ばしい事なのだろう。
しかし、流石はゼピス家の娘とでも言うべきなのか、レイリアの持つ魔力量はどうやら尋常では無いらしく、増え続ける膨大な魔力を制御する術を持たないレイリアからは、何かの拍子に魔力が溢れ出してしまうのだ。
特に感情の起伏により魔力が漏れ出ることが多く、その際近くに貴秘石を用いた魔道具や機器があると、貴秘石にレイリアの魔力が逆流してしまい壊れてしまう。
当然ながら、レイリア自身もその事を気に掛けておりそれこそ魔力封じの装飾品でも身に付けようかとさえ思っていた。
だがそうすると、怪我人に対して回復魔法を掛けたり、今回の様に魔法でなければ助けられない場合に魔法が使えなくなってしまう。
そのため、魔力封じの装飾品を身に付けるかどうかに対し、レイリアはなかなか決断が出来ないでいた。
今回の兄からの呼び出しは、そんな曖昧な態度を取り続ける事で結果的に周囲へ被害を出している自分に対する叱責なのだろうか?
そうレイリアが思っている中で、カイの話は続いていく。
「いいや、分かっていない!このままお前が何もしないでいれば、いつかお前自身の魔力が暴発して人に危害を及ぼすような事態を招くのは明らかなんだ!だからお祖母様は、お前がこのまま本気で剣の道へ進むのならば、お前の魔力を封じるつもりでいるんだぞ!」
「そんな…」
今の状態が続いても貴秘石がいくつか壊れるくらいだと思っていたレイリアは、カイの話に顔色を失った。
「剣も魔法も選べない中途半端な気持ちでいるのなら、剣の道は諦めろ!いい加減自分が生きるべき世界へ戻れ!」
「絶対 嫌っ!」
そう叫んだ瞬間、再び頭上から
「パリン」
という音が聞こえ、砕けた貴秘石がパラパラと落ちてきた。
「あのなぁ…。お前の為に言っているんだぞ?」
「分かってる!分かってはいるけれど…。それでも私は騎士になりたいの!」
「騎士になってどうする?リジル=ラズメイラ殿の代りにでもなるつもりか?」
「そうよ!」
堂々と言い切るレイリアを前に、カイは大きく溜息を吐いた。
「そんな考えで騎士を目指しているようじゃ、お前は騎士にはなれないよ…」
「剣士でも無い兄様に、どうしてそんな事を言われなければいけないの?」
心外だと言わんばかりのレイリアへ、カイが諭す様に話し始めた。
「そもそもレイリア、お前は騎士になって何がしたいんだ?」
「だから、リジル様の代わりを…」
「リジル殿の代わりとなって、何がしたいんだと聞いているんだ」
「それは…」
言葉を濁すレイリアを前に、カイが馬鹿にしたように言う。
「魔族狩りでもするつもりか?」
「何でそれを…」
魔族の存在は国の重要機密であり、一般に知らされているものでは無い。
一度その目で見てしまったレイリアならばまだしも、まさか兄がその存在を知っていたとは思っていなかったため、レイリアは狼狽えた。
「あの日お前に何があったのか、何の為にお前が古代語を学んでいるのか、この家の跡取りたる僕が知らないとでも思ったのか?」
「……」
誘拐事件の真相だけでは無く、隠していた想いまでカイに知られていた事に、少なくない衝撃を受けたレイリアは思わず俯いた。
「数年に一度現れるかどうか分からないような敵を相手にしたいなんて言っている奴を騎士にするほど、この国は甘くないぞ」
「騎士になれるかどうかは剣士としての腕前で判断されるはずよ。それならば騎士を目指す目的は関係ないわ!」
「剣士としての腕前か…。剣士の本質さえわかっていないお前じゃ、剣士として生きる事さえ無理だよ」
「なんですって!」
レイリアが怒りに任せて立ち上がろうとした瞬間、扉が三回叩かれた。
「入れ」
カイの言葉に応じて扉が開かれると、そこにはカイの従者であるディーンが控えていた。
「失礼致します。御歓談中申し訳ごさいませんが、夕食の準備が整いました。いかが致しましょう?」
「あぁ。丁度話が終わったところだから、直ぐに行く」
「畏まりました」
ディーンが一礼し扉を閉めたのを確認すると、レイリアはカイを睨み付けた。
「兄様!まだ話は終わっていないわ!」
「終わったさ。お前は剣士に向いていないから魔術士になれ。僕が言いたいのはそれだけだ」
「私が剣士に向いていないはずないじゃない!向いていなかったら、剣術大会の選手になんて選ばれる訳が無いもの!」
「そこまで言うのなら今度の剣術大会で優勝してみろよ。もし優勝出来たのならば、お前が剣士になる事に対して僕は今後一切何も言わないでいてやるし、お祖母様が何か言ってきても全力で庇ってやる。但し、優勝出来なかったら剣術は潔く諦めろ。いいな!」
「いいわ!絶対に優勝してみせるから!」
そう高らかに宣言したレイリアをカイは鼻で笑うと、おもむろに立ち上がり扉へと向かって歩き始めた。
「まぁ、残り少ない剣士生活、せいぜい頑張れよ」
「優勝するからそんな事にはならないわよ!」
捨て台詞を残して部屋を去って行くカイの後ろ姿へと、レイリアは拳を握りしめながら言い返すのだった。




