第二十三話 少女の憂鬱4
一方、ウィリスの部屋を辞したレイリアが自室に戻ると、侍女のエイミーより、
「カイ様がお呼びです」
と伝えられた。
自室に戻ったばかりではあるが、兄を待たせては悪いと思ったレイリアは、カイが居るという一階の居間へと急いだ。
ゼピス邸一階にある居間は、季節の花々に彩られた庭に面しており、良く晴れた昼間の時間帯であれば大きなガラス窓から庭を愛でつつお茶をするのに適していた。
だが、今は既に日没後であるため窓には厚いカーテンが引かれており、美しい庭の景色を目にする事は出来ない。
部屋の中に目を向ければ、壁には黄白色の下地に蔦と花の模様が描かれた壁紙が貼られ、床には一面に高級品として名高いバシャメイラ絨毯が贅沢に敷かれており、中央部には木製のローテーブルと落ち着いた茶色のベルベット地のソファーや椅子が配置されていた。
そして、壁際に置かれている飾り棚の上には、レイリアとカイの母が好きだったラナの花が生けられた花瓶と母の写真が置かれており、その写真の上の壁には、母の故郷であるセンティアナの風景画が飾られていた。
その部屋へとレイリアがエイミーを伴って訪れると、部屋の中にはカイが一人で居るだけだった。
「あれ?ディーンは?」
いつもならば主のすぐ後ろに付き従っているはずの従者が見受けられず、嫌な予感しかしないレイリアが尋ねると、カイはレイリアに
「とりあえず、まぁ、座れ」
と、対面の席を指してきた。
言われた通りレイリアがローテーブルを挟んでカイの正面へ大人しく座ると、カイは次にエイミーへと指示を出してきた。
「エイミー、レイリアと話がしたい。悪いが席を外してくれ」
「畏まりました」
カイの命を受けて一礼したエイミーがそそくさと退室すると、そこには兄と妹二人だけの静かな空間が出来上がった。
兄がこの様に人払いまでしてレイリアと二人きりになる時は、大抵お説教を通り越した叱責をする時だ。
今回は恐らくウィリスを危ない目に合わせた件だろう。
そう覚悟をし、背筋をピンと伸ばしたレイリアがカイをじっと見つめていると、遂にカイが口を開いた。
「なぁ、レイリア。お前さっき、魔法を使ってウィリスを助けただろ?」
カイから問い掛けられた内容は、レイリアの想定外のものだった。
「え?えぇ、そうだけど…」
戸惑ったレイリアが僅かばかり首を傾げていると、カイがファウスに似た低い声で続けた。
「剣士になるから魔法は要らないと散々言っておきながら、いざとなったら魔法に頼るっていうのはどういう了見なんだろうなぁ、と思ってさ」
まるでウィリスを思わせる様な地味な嫌味だが、兄であるカイに対しては強く出られず、レイリアは小声で反論した。
「仕方がないじゃない。あの時は魔法を使わなければウィルを助けられなかったんだから」
「そうだな。今回は魔法を使わなければ助けられなかった。次も魔法を使わなければ助けられないとなったら、お前はまた魔法を使う。その次も、そのまた次も、な」
嫌味に続いて披露される兄お得意の遠回しな言い様に、レイリアのイライラが募る。
「何が言いたいの、兄様は?」
「この家に産まれた以上、魔法からは逃れられないっていう事実をそろそろお前も理解するべきだ。現にいくら剣術を習ったところで、お前が最後に頼るのはいつも魔法じゃないか」
「そんな事無いわ!」
カイの言葉についカッとなったレイリアが、力を込めてそう答えた瞬間だった。
感情が高まったレイリアの体の周りに青白い炎の様なものが湧き上がると、天井に備え付けられたシャンデリアの一部である貴秘石が、音を立てていくつか割れた。




