第二十二話 少女の憂鬱3
賑やかにさえずっていた小鳥が飛び去ったかの如く、レイリアが退室してからのウィリスの部屋は、未だ数人が居るにもかかわらず随分と静けさを取り戻していた。
(家族、か…)
レイリアが去り際に残した言葉を、ウィリスは心の中で唱えた。
ウィリスとレイリアが互いに対して抱く家族観には、大きな隔たりがある。
レイリアがウィリスに対して抱いているのは、『兄弟姉妹』としての関係だ。
しかも、ウィリスの方が数ヶ月早く生まれているため『兄』であるはずなのに、頭半分小さな身長差から『弟』として扱われている。
いつかはこの関係を改めなければならないのだが、それはウィリスが成人してこの家を出てからするべき事であって、今では無いと分かっている。
分かってはいるが、やはり飲み込めない。
せめて『姉弟』という認識だけでも止めて欲しい。
自分にとっての姉は、『ルッカ』一人だけなのだから…。
ぼんやりとそんな事を考えていると、ヴェアルドから、
「ウィリス様」
と声を掛けられ、ウィリスは意識を現実へと引き戻した。
「先程のご質問に関してなのですが…」
その言葉に、レイリアが来るまでヴェアルドと話していた内容を思い出す。
それは、剣を避けようと思った瞬間ウィリスの死を望む声が聞こえ、更には体が動かなくなった事についてだ。
まさかレイリアがあの時のウィリスの異変に気が付いていたとは思わなかったが、以前の様に心配をかける訳にもいかず、先程はつい嘘をついてしまった。
「以前お伝えしました通り、ウィリス様に掛けられていた暗示の類は既に効力を失っております。それにもかかわらず今回の様な事が起こったとなると、これは暗示とは異なるもののせいかもしれません」
「異なるもの、と言うと?」
「恐らく、呪術の類かと…」
「呪術?」
初めて耳にした言葉ではあるが、その響きはウィリスの心を何とも不快にさせ、自然とウィリスは眉根を寄せた。
「はい。私は医師ですから呪術についてあまり詳しくはありませんが、簡単に申し上げると、特定の行為や状況下において指定した行動を取らせるものです」
「暗示とはどう異なるのですか?」
「暗示は言葉巧みに人の心を洗脳する事で、その行動を常に支配していくものです。ご存知の通り、中には薬品等を使用する場合もありますが、それでもやはり根本は言葉によって為されます。ですから我々医師でも対処可能です。
対して呪術は特定の条件下でのみ人の行動を支配するものです。その存在は魔法に近いと言われていますが、魔術士では扱えず、専門の呪術士なる者がいるらしいと聞いた事がございます」
ヴェアルドの説明を聞いたウィリスが、思案顔となる。
「そうなると今回の件は、その呪術師という者に診てもらった方が良いのでしょうか?」
ウィリスの問い掛けに、ヴェアルドは
「いいえ」
と首を振った。
「まだ呪術と決まった訳ではありません。それに、呪術かどうかの判断だけならば侯爵様でも可能な筈ですから、先ずは侯爵様にご相談されるべきでしょう。私の方からも本日の件を早急にご報告申し上げなければなりませんから、呪術の可能性についてもお伝えしておきますが、やはりウィリス様からも直接今回の件を侯爵様にお伝えするべきかと存じます」
ウィリスはヴェアルドの提言にもっともだと思い至って頷いた。
「分かりました。ではこの件はファウス様に相談しようと思います」




