第二十話 少女の憂鬱１
ウィリスが気を失う間際に呟いた言葉が、レイリアの頭から離れない。
『どうして…』
続く言葉は何だったのだろう？
ウィリスの方へと剣が弾き飛ばされた時、ウィリスはその状況を眺めたまま、ただ立ち尽くしていた。
それはまるで、その場にいる事によって引き起こされるであろう残酷な結末を、ウィリスが抗う事なく受け入れたかの様にレイリアには思えた。
だからこそ、レアリアが辿り着いた答えは…。
『僕を助けたの？』
父も医師のヴェアルドも、ウィリスに掛けられていた暗示は全て消え去ったと言っていた。
それなのに、もしレイリアが考えている様な台詞を続けて言おうとしていたのならば、その理由は何なのか？
消え去ったはずの暗示が復活したのか？
それとも、気付かぬうちにバムエット家からの干渉を許してしまっていたのか？
または、別の理由なのか？
ともかく父が家に戻り次第報告せねばと思っていたところへ、部屋の扉を叩く音がした。
「レイリア様。ウィリス様がお目覚めになられました」
侍女のエイミーの声にレイリアは、
「すぐ行くわ！」
と返答すると、椅子から跳ねる様にして立ち上がり、急いで自室を飛び出した。
ウィリスの部屋へ向かうと、ウィリスの従者であるルッジ=エルダールが出迎えた。
「ウィルは？」
「奥の部屋にいらっしゃいます」
ルッジに先導されながら、机などが置かれている一つ目の部屋を通り抜け、奥の寝室へと向かう。
するとそこには、医師のヴェアルドと共に、既にベッドの上で体を起こしているウィリスがいた。
向こうも直ぐにこちらに気が付いたらしく、レイリアが口を開く前に、ウィリスの方から先に声を掛けてきた。
「レイリア」
何用だとばかりに、ウィリスがぶっきら棒に名を呼んできた。
とりあえず元気そうな姿に安堵しつつ、ベットの近くへと歩み寄る。
「ウィル、大丈夫？」
「何が？」
「何がって。だって、飛んでいった剣は避けないし、いきなり倒れるし…」
そのレイリアの言葉に、ウィリスが呆れた様子で反論してきた。
「あのさぁ。普通、剣がいきなり飛んできたら、驚いて動けないって」
「じゃあ、その後気を失ったのは？」
「助かったと思って、気が抜けただけだよ」
「本当にそれだけ？」
「そうだよ」
「それなら良いのだけれど…」
ウィリスの返答に、何だかしっくりこないレイリアが黙していると、ウィリスが明らかに不機嫌な声を上げてきた。
「全然良くないよっ！そもそも僕は、剣が飛んできた事に対する謝罪をまだされていないんだけれど？」
「え、あ…。ごめん…」
慌てて謝罪の言葉を口にするも、謝り方が悪かった。
「ごめん、じゃなくて、ごめんなさい、だろ？」
「ごめんなさい」
「心が込もって無い。やり直し」
レイリアとしてはきちんと謝ったつもりだったのだが、謝罪を受けるウィリスにとっては、どうやら不満足な出来だったらしく、ウィリスは再度の駄目出しをしてきた。
その事に、レイリアが思わず
「えーっ」
と、抗議の声を上げると、ウィリスはスッと目を細め、レイリアに冷たい視線を投げてきた。
「それ、謝る態度じゃ無いから。はい、もう一回」
当然の指摘にぐうの音も出ず、仕方が無しに、心を込めつつ、少し大きな声を出して謝罪する。
「ごめんなさいっ！」
これでやっと納得したのか、ウィリスが大きく息を吐いた。
「まぁ、今回はこれで許してあげるよ」
「本当！ありがとう！」
「次からは、くれぐれも気を付けるように！」
まるで、ノイエール学園の教師が叱り付けてくるかのようなウィリスの態度に、レイリアもつい直立不動となって、
「はい！気をつけます！」
と応じると、二人を目にしていた医師のヴェアルドが、
「ははは」
と、声を上げて笑い出した。
