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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
少年、少女 それぞれの理由
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第十九話 約束7

「ウィル。ルッカはきっと、謝って欲しいなんて思っていないわ」


 四年前のグエンの台詞を、レイリアも流石に一言一句覚えていない。だが、始まりはこんな意味の言葉だったはずだ。


「そんな事無い。だって、僕のせいでルッカは…」


(あぁ、私と同じ事を、ウィルも思っているのね…)


 レイリアもまた、あの時はウィリスが口にした台詞とほぼ同じ言葉を口にした。


 その時グエンは、レイリアの頭を撫でながら言葉を掛けてくれたが、ウィリスはレイリアに年下扱いされる事を嫌う為、レイリアはウィリスに、グエンと同じ事は出来ないなと思った。


 そこでレイリアはベッドの脇で膝立ちになると、ウィリスの片手を優しく取り、そっと握り締めた。


「ルッカはね、例え自分が命を落としたとしてもウィルに生き延びて欲しいと思ったから、ウィルを庇ったんだと思うわ。だからルッカは、自分のした事を後悔なんてしていないはずよ。ううん。寧ろ、自分のした事を誇りに思っているんじゃないかしら?それなのに、ウィルがルッカに謝る為に後を追ったりなんてしたら、ルッカはどう思う?きっと、悲しいだけではなくて、それこそ、ウィルにそんな事をさせてしまったって、とても後悔すると思うわ」


「それなら、女神様にお願いして、僕とルッカの命を交換してもらう!」


「それは出来ないわ。一度女神様の御許みもとへ旅立った人の魂は、戻る事が出来ないもの」


「それじゃあ僕は、どうしたら…」


 困惑顔のウィリスへと、レイリアが微笑んだ。


 今こそ伝えなければ。ウィリスの父が残してくれた言葉を。


 助けられし者が、生きるべき意味を。


「命を懸けて守ってもらった『私達』は、守ってくれた人の命を背負って生きているの。だから、その人の分まで頑張って生きるべきでしょ?それなのに、自分で自分の命を断とうとするなんて、命を投げ打ってまで助けてくれた方に対する、冒涜ぼうとく以外の何物でもないと思わない?」


「そんな…」


「だから、死にたいなんて思わないで。『私達』がしなければならないのは、預けられた命の分、いっぱい長生きして、いっぱい幸せになる事。それが、助けてくれた方への、恩返しでもあるから…」


 心の中でレイリアは、今自分が語った言葉を噛み締める。


(この言葉のおかげで、私は救われた。だからお願い、ウィルにも届いて…)


 だが、全てを失ったウィリスには、レイリアの言葉は届かない。


「そんなの、無理だよ…。僕、幸せになんて、なれない…。だって、僕はもう、一人ぼっちなのに…。父さんも、母さんも、ルッカも、居ないのに、どうやって、幸せになれって、言うんだよ!」


「ウィルは一人じゃない!ここには私も、兄様も、父様もいるわ」


「でも、でもそれは、僕の家族じゃない!」


 ウィリスの悲痛な叫びに、レイリアが反射的に叫んだ。


「だったら、私がウィルの家族になってあげる!」

「っ…!」


 レイリアの言葉に、ウィリスが固まる。


「私がウィルの家族になって、ウィルのそばにいてあげる!ウィルがもういいって言うまで、ずっとそばにいてあげる!絶対ウィルを、一人ぼっちになんてさせない!」


 これでどうだと言わんばかりの勢いで、レイリアが一気に言い切ると、ウィリスが今までとは違った反応を返してきた。


「本当に?」


 不安顔で尋ねるウィリスに、安心して良いよ、信じて良いよ、という想いを込めて、レイリアが力強く、大きく頷く。


「うん!」


「本当に、ずっと、僕のそばに居てくれるの?」


「うん!」


「……」


 レイリアの言葉が真実かどうかを見極めるためだろうか、ウィリスの潤んだ漆黒の瞳が、瞬きもせずにレイリアの瞳を捉え続ける。


 ひるがえって、見つめられるレイリアの方は、自分の発言に何か間違いや、おかしな所でもあったのではないかと焦っていた。


「あ、でもこれは、ウィルがもう死にたいなんて言わないって約束してくれたらの話よ?」


 考えに考え抜いた末、今までの自分の発言に足りなかったと思われる言葉を付け足すと、やっとウィリスが口を開いた。


「死にたいって言わなければ、レイリアはずっと僕のそばに居てくれるの?」


「うん。あっ!後ウィルが死んじゃっても駄目だけれど…」


「………」


 更にもう一つレイリアが条件を付け加えると、ウィリスは再び黙し、じっとレイリアを見つめてきた。


 対するレイリアも、ウィリスがなんと返事をするのかが気になり、ゴクリと唾を飲み込んでウィリスを見守った。

 

 こうして睨み合いの様な状態が続く中、流石のレイリアもこの状況に戸惑いを感じ、何か言わなくてはと考え始めた頃、突然、今まで固かったウィリスの表情がわずかにほぐれ、穏やかな目元になった。


「分かった。約束する。僕、もう死にたいなんて言わないし、思わない」


 もしかしたら、また何か否定的な言葉の一つでも返してくるのかと思いきや、ウィリスは驚くほどあっさりと条件を飲んだきた。

 

 この事に拍子抜けしてしまったレイリアは、随分と間抜けな顔で聞き返してしまった。


「へ?本当?」


「うん、本当だよ。だからレイリアも、今言ったこと、絶対守ってね」


 先程までの全てに絶望しているような暗い表情からは一変し、ウィリスは僅かではあるが、笑みまで見せている。


 そんなウィリスの様子に安堵あんどしたレイリアが、顔をほころばせてこたえた。


「もちろんよ!」


 こうしてウィリスは、体調が回復するまでゼピス家にて療養する事となったのだが、その後のファウスとの話し合いにより、引き続き成人を迎えるまでの歳月を、ゼピス家にて過ごす事となったのだった。

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