第十六話 約束4
そして、ウィリスがいる客室へと至り、中へ入ると、そこには数名の使用人が行き来しており、ベッドの脇にはゼピス家のお抱え医師であるヴェアルド=カウラードと、看護師がいた。
ファウスとレイリアが現れた事で全員がそれぞれの動きを止めて頭を下げる中、レイリアはファウスに続いてベッド近くへと足を進めた。
ベッド脇にいたヴェアルドが、ファウスとレイリアへ場所を譲ろうとしたが、ファウスの
「そのままで」
との一言により、ヴェアルド、ファウス、その後ろにレイリアといった立ち位置となった。
そのためレイリアからはファウスやヴェアルドが邪魔になり、ベッドに寝かされているであろうウィリスの様子が窺い知れない。
「少しは落ち着いたか、ウィリス」
父の問いかけに、まだ変声期前の高音の少年の声が、弱々しく答えた。
「ファウス様。申し訳ありません。僕なんかの為に、こんなに色々と、して頂いて…」
レイリアの耳に届いたのは、紛れもなくウィリスの声だ。
だが、こんなにも儚げなウィリスの声音を、レイリアは今まで聞いた事がなかった。
「礼など要らぬ。むしろこちらが謝罪すべき事だろう。グエンよりお前の事を託されていたにも関わらず、バムエット家での窮状を知るのが遅れたせいで、要らぬ苦労をさせてしまったのだからな。すまない…」
「そんな!ファウス様が謝られる必要はありません。それに、僕がこうなったのは、僕自身の、せいです…」
「あまり自分を追い詰めるな、ウィリス。今のお前は必要以上に悲観的な思考を取る状態にあると、医師より説明を受けているだろう」
「はい。でも…」
ウィリスを遮り、ファウスが言葉を続ける。
「ならば、今は少しでも心と身体を休めるべきだ。ここに居る限りバムエット家も手出しは出来ん。安心して回復に努めなさい」
「はい…」
まるで消え入りそうな程に弱々しいウィリスの返事に対し、ファウスは小さく頷き返すと、後ろへと振り、自らの娘の名を呼んだ。
その瞬間、ウィリスの口から
「えっ?」
という、小さな驚きの声が漏れた。
「お前の見舞いだそうだ」
ファウスに促される形でウィリスの脇へと移動したレイリアは、ベッドに寝かされているウィリスを目の当たりにして、内心ギョッとした。
共に剣術の稽古に打ち込んでいた頃のウィリスは、小柄で細身ではあったが、体付きはかなりの筋肉質だった。
それが、今は服の上からでも分かるくらいに骨張っていてか細く見える。
そして、病的な程に青白い顔には頬骨がはっきりと分かるくらいに浮き上がり、目の下には濃い隈さえある。
ウィリスのこの状態は、どこからどう見てもここ数日で健康を害したという訳では無く、長期間に渡って体調を崩していたとしか思えない。
「ウィル、久しぶりね」
心からの笑顔での再会を望んでいたものの、実際には目の前にいる痛々しい姿のウィリスに対してレイリアは顔が強張ってしまい、自然な笑みを浮かべられなかった。
「レイリア……」
レイリアの名を口にした途端、ウィリスが瞳から涙を零れた。
ポロポロ、ポロポロ…。
ウィリスの青白い肌を流れ落ちていく雫は、まるで淡い輝きを放つ宝石の様に美しい。
「僕、もう、レイリアには、会えないかと、思ってた…」
ウィリスがしゃくりあげながら言葉を紡ぐ。
「どうしてそんな事を思ったの?」
「だって、僕は……」
そこまで言うと、ウィリスは口を閉ざしてしまった。
「私、ずっとウィルの事を心配していたのよ?だから手紙をたくさん送ったのだけれど、読んでくれた?」
ウィリスが僅かに驚いた顔になり、首を振った。
「僕、手紙なんて、受け取って無い」
「本当?」
「うん…」
ウィリスの言葉に驚いたレイリアが、どういう事かと思わず父を振り返る。
「バムエット家はウィリスを屋敷の奥へと閉じ込め、外部の者との接触を禁じていたのだ」
「どうしてそんな事を!」
信じられない思いで上げたレイリアの疑問の声に、いつの間にかファウスの後ろに控えていたカイが、吐き捨てる様に答えた。
「ウィリスの爵位を奪うためさ!」
「どういう事?」
ウィリスがバムエット家へと引き取られてすぐの頃、ハーウェイ家の嫡男であるウィリスが正式にグレナ伯爵位を継いだと言う話を、レイリアも父から伝え聞いていた。
そのウィリスから爵位を奪うために、何故バムエット家がウィリスを閉じ込める必要があったのか。
その理由がレイリアにはよく分からない。
そもそもバムエット家は、ウィリスの叔父であるウォーレンが婿養子に入り、義父よりローシャルム子爵位を引き継いでいるはずなのだが?
眉をひそめたレイリアが、兄と父の両方へと視線を彷徨わせると、父のファウスが口を開いた。




