第十四話 約束2
それから四年近くが経ち、レイリアが十一歳の夏を迎えた頃の事だった。
父の古くからの友人であるグレナ伯爵グエン=ハーウェイとその家族が、グエンの息子であるウィリスを除いて全員殺害されるという恐ろしい事件が起こった。
グエンは『王国騎士』の称号を持つ国内でも有名な剣豪であったが、事件が起こる一年ほど前に病を発症したため、妻のルーナを伴って王都リシュラスより領地のグレナへと退き療養生活を送っていた。
一方、グエンの息子でレイリアと同じ歳のウィリスと、レイリアやウィリスより二歳年上の娘であるルッカは、リシュラスにあるノイエール学園へと通っていたため、普段は王都のハーウェイ邸にて過ごしていた。
しかし、事件当時は夏の長期休暇の時期であったため、二人はグレナへと戻っており、そこで事件に巻き込まれてしまったのだった。
痛ましい事件により家族を失ったウィリスは、それから約一月後、バムエット家の婿養子となったグエンの弟、ローシャルム子爵ウォーレン=バムエットに引き取られた。
その事を知ったレイリアは、ノイエール学園にも現れないウィリスへの手紙を、毎週のようにバムエット家へと送った。
だいたい毎回書く内容は同じで、体調はどうか、何か必要な物はないか、会いに行っても良いか、といったものだった。
そんな手紙の内容に、侍女のエイミーからは、
「まるで恋人を心配しているかのようですね」
とからかわれたが、レイリアからすると恋人という選択肢は全く無く、月齢的には年上であるが、レイリアよりかなり背が低いウィリスに対して姉の様な気持ちから手紙を送り続けていた。
そうしてせっとせと送りつづける手紙には、毎回ローシャルム子爵夫人から返信が届いた。
曰く、
『ウィリスは元気に暮らしているから安心して欲しい』
と。
だが、レイリアが欲しいのはウィリス本人からの返信であり、更に言えば、ローシャルム子爵夫人からの手紙には『会いに行きたい』というレイリアの申し出に対する返答は一切書かれていなかった。
そんな状況が二ヶ月ほどたった頃、流石のレイリアもこのままでは埒があかないと思い至り、父へと願い出た。
「父様、私、ウィルが心配なの。だから、父様のお名前でローシャルム子爵様に、ウィルに会わせて欲しいっていうお手紙を出して欲しいの」
幼い頃、『おとうさま』の『お』がなかなか言えず、父の事を『とうさま』と呼ぶ様になって以来、ずっとそのままの言い方で育ってしまったレイリアは、父におねだりをする娘らしく、この時ばかりは実に可愛らしくお願いしてみた。
が、その実は、家格が上のゼピス侯爵から家格が下のローシャルム子爵へ、ウィリスに会わせろと脅しをかけろ、という物騒な内容だ。
侯爵家の権威を振りかざして子爵家に圧力をかけるなぞ、本来ならばこんな方法を父は認めないだろう。
なにせゼピス家は能力主義を主張する家柄なだけあって、己の問題は己の力で解決すべきであり、家名に頼るべきでは無い、とレイリアでさえ小さな頃から叩き込まれている。
そうは言っても所詮は子供。
当然解決出来ない問題も出てくる訳で、そうなった時には親を頼りなさい、とも躾けられている。
今回は正に、父の力と家の力に頼るべきだと思ったからこそ、レイリアは父にお願いしてみたのだ。
レイリアが散々に愚痴っていた事もあり、父もウィリスから返信がない事や、ウィリスに会いたいというレイリアの手紙に対してローシャルム子爵夫人が返答をはぐらかしている事を知っている。
だからきっと、この願いは認められるだろうと思っていた。
だが、父であるファウスの返答はレイリアが予想したものと違っていた。
「その手紙を私が書いても、恐らくローシャルム子爵はこちらが望む返答を寄越さないだろうな」
「父様がお願いしてもローシャルム子爵様はお許し下さらないの?」
どうして?と、首を傾げたレイリアが目で問うと、ファウスは目を細め、娘の頭に手を置いた。
「ウィリスの事は、私も案じている。近いうちに何とかするつもりだから、安心しなさい」




