第十二話 少年と少女12
レイリアの兄であるカイは、ノイエール学園の高等部を昨年首席で卒業後、国内の魔術学院の中では最高峰であるリシュラスの魔術学院へと進み、当然の如く首位の成績を維持し続けている優秀な人物だ。
その上、レイリアと同様、家柄や血筋を鼻に掛けることもなく人付き合いも上手い事から、社交界での評判もかなり良いらしい。
だがウィリスからすると、このレイリアの兄は昔から何を考えているのか今一つ良くわからない人物だった。
例えば、カイと会話をしていると、こちらの話はどんどん引き出されてしまうのに、カイ自身の話になると上手くはぐらかされて煙に巻かれてしまうのだ。
この様になかなか本心を掴ませないのがカイという人物なのだが、一つだけ確かなのは、妹のレイリアをとても大切にしているという事だった。
だからこそ、ウィリスもレイリアに関して何かあれば、たまにしか会えないファウスへ知らせるよりもカイへと先に知らせていた。
そして今日もまた、先程起こった出来事をカイへと伝える事にした。
「あのさ、カイ」
「ん?」
ウィリスの呼びかけに、カイがチラリと顔を向けてきた。
「さっき図書館へ行った時、アトスに絡まれてさ」
「アトスに?それは災難だったな」
カラカラと笑うカイに、ウィリスが眉を顰めた。
「笑い事じゃないよ」
それからウィリスは、図書館での出来事をカイに説明した。
「どう思う?」
「どう思うも何も、それだけの捨て台詞をあいつが吐いていったんだ。何か仕掛けてくるだろうなぁ」
「やっぱり、そう思うよね」
はぁ、っと深く息を吐いたウィリスの頭の上に、カイが手を乗せた。
「まぁ、アトスの事はこっちでも様子を探っておくから、お前はあの跳ねっ返りのお守りだけはしっかりやってくれ」
カイはそう言うと、いつもの様な柔和な顔となった。
そして、まるで彼の父親であるファウスの様に、ぐしゃぐしゃと無造作にウィリスの頭を撫でると、一言
「じゃあな」
と言い残し、屋敷の中へと戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ウィリスは自分のこの家での立ち位置を思い起こす。
約一年半前、死の淵から救い出されてこの家へと運び込まれてから暫く経った頃、ファウスからとある提案がなされた。
それは、成人を迎える十六歳までファウスの庇護下で暮らさないかという、信じられない程に有難い話だった。
ただし、この話にはたった一つだけ条件が付されていた。
それは、ウィリスが抱いているこの家の少女に対する想いを本人に悟られてはならない、というものだった。
「レイリアはゼピス侯爵家の娘だ。時が来れば相応しい男の元へと嫁がせねばならない。その前に、万が一にもお前とレイリアの間に過ちが起ころうものなら、私は迷わずお前を消すだろう。だが、そうなる事を私は望んではいないのだ。分かってくれ、ウィリス」
命の恩人とも言えるファウスにそう言われたウィリスは、生きると決めた以上この申し出を受け入れるしか無かった。
だが、この条件はあくまでもウィリスが成人するまでのものであり、カイの過激な言葉を借りるならば、成人した日に押し倒すなりして無理矢理結婚を承諾させても、誓約違反にはならないのだ。
とは言え、流石にカイの言うような事を実行する勇気は無いが、いずれはきちんと気持ちを伝えるつもりではいる。
しかし、レイリアへは今までの短い人生で二度も結婚を申し込み、その度にウィリスはあっさりと断られていた。
フロディア教には『三度拒まれた者との縁は無い』という言い伝えがある。
トランセア生まれでフロディア教の敬虔な信徒であるウィリスは、当然ながらこの言葉を信じているため、次の告白が最後の機会となる。
(もう次に断られたら終わりだ…。だから、レイリアが絶対好きになってくれるような男になってから、三度目の結婚を申し込みに行かないと!)
そんな決意をウィリスが己の小さな胸に秘めたのは、かれこれもう四年も前の事であり、その期日が今更成人以降になったとしても、そう辛く感じる事は無かった。
だが問題は、ウィリスを選んでもらう前にレイリアの結婚相手が決まる事。
(アトスとの話は、絶対潰す…)
ドス黒い野望と共に、これからどうやってアトスをレイリアに近づけないようにしていくかを考えていると、ウィリスの名を呼ぶ叫ぶ様なセラの声が耳に入ってきた。
「ウィリス!」
その声に振り向くと、ウィリスに向かって剣が回転しながら飛んできている。
恐らくセラに弾き飛ばされたレイリアの剣だろう。
このままだと当たるだろうから、早く避けなければ。
そこまで状況を冷静に分析していたウィリスの心の奥底で、何者かの低い声が鳴り響く。
『ココデ シンデモ ヨイデハ ナイカ』
と…。
その瞬間、ウィリスの手も、足も、体も、何もかもが動かなくなり、見る間に剣がウィリスへと近づいてきた。
(まずい!)
ウィリスはそう思うものの、今いるこの場所から逃げ出す事も出来ず、自分めがけて飛んでくる剣を、ただ唖然と見つめたまま立ち尽くすしかなかった。
「ウィリスー!」
セラの声が響く中、もう一つの声が響く。
「ファーナ!」
少女の甲高い声と共に、ウィリスの周りに疾風が巻き起こる。
その風に巻き込まれた剣は宙を舞い、そしてウィリスから離れた所へと落下した。
呆然としながら落ちた剣を見つめるウィリスの元へ、レイリアとセラが駆け寄ってきた。
「ウィリス、大丈夫?」
「ウィル、平気?」
覗き込んできた水色の大きな瞳が、やけにぼやけて見える。
「どうして…」
その一言を口にすると、ウィリスは意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。




