第百二十七話 少女の異端な魔法戦6
第四訓練場が目に入る所まで来た時、レイリアは訓練場を取り囲む人の数に驚いた。
ざっと見ただけで百人以上、いや、もしかすると二百人はいるかもしれない。
それだけの数の人々が自分達の決闘見たさに集まっているという事実に、レイリアは世の中にはそんなに暇人が多いのかと呆れてしまった。
「流石の注目度ですね」
先頭を歩くエレックの言葉に続いて、観覧席に座る人々を眺めていたカイが言った。
「純粋に魔法戦を見たくて来たっていう奴は少なそうだなぁ」
観覧席には魔術士と思われる軍の兵士もちらほらと見受けられるが、それ以外は殆ど貴族だ。
「それならこの人達って何しに来たの?」
自分の将来が懸かっている大事な戦いに、関係の無い人々がどうしてこんなにも集まっているのかが分からないレイリアが、不機嫌そうにカイへ尋ねた。
「個人的な応援はもちろんいるだろうけれど、派閥の応援とか、六侯家同士の争いに興味があるとか、後はレイリアの品定めとか、まぁ色々だろうなぁ」
嫌な予感しかしない『品定め』という言葉に、レイリアは思わず眉間に皺を寄せた。
「私の品定めって、何?」
「そんなの決まってるだろ。嫁候補だよ」
思わぬカイの答えに、レイリアは
「はぁ〜っ?」
と、素っ頓狂な声をあげた。
「考えてもみろよ。婚約者がまだ決まっていない侯爵令嬢なんて、周りからしたら喉から手が出る程欲しい嫁候補だ。でも、まだお前は未成年で披露目前だから、どんな容姿なのかを知る家は少ない。そんなお前の顔を今回は堂々と確認出来るんだ。来ない訳にはいかないだろ」
「そんな事のために見にくるの!?」
「いや、大事な事だろ?」
「でもアトスが勝ったら、私、アトスと結婚しなきゃいけないのかもしれないのよ?」
「そういう奴らは、お前が勝つと思って見に来ているんだよ」
「……」
ファルムエイド側の応援で無い事に対してはありがたいと思うが、嫁候補の確認として来られるのも困る。
レイリアは自分の置かれている立場の面倒さに、ついため息を漏らした。
ようやくレイリア達が第四訓練場に到着し、その姿を人々の前に現すと、観覧席の騒めきは一層大きくなった。
観覧席にいる者は、レイリアに対して純粋に応援の眼差しを送る者、敵意を向ける者、好奇の目で見る者、舐めるように見定めてくる者と様々だったが、その殆どが、レイリア=ゼピスを初めて目にしていた。
レイリアのポニーテールに結われた髪と瞳は、風を操ると言われるゼピス家の特徴を表す澄んだ水色をしているものの、その顔付きは、ファウスやレイラ、そして成人を迎えたばかりのカイとも違い、随分と可愛らしかった。
だが、噂通りの変わった令嬢らしく、服装はワンピースやスカートでは無く、濃紺のスーツとトラウザーズという男装だった。
レイリアとしては、動き易いからという理由でこの服装を選んできたのだが、貴族女性が軍服以外でトラウザーズを身に付ける姿は一般的では無く、少数ながら、レイリアの姿に顔を顰める者さえいた。
集まる視線にレイリアは、晒し者か見世物にでもされている様な気持ちになり、不快感から小さく息を吐いた。
丁度その時、訓練場内が急にどよめき出した。
この日のもう一人の主役、アトス=ファルムエイドが登場したのだ。
第四訓練場の反対側に現れたアトスは、魔術士である事を誇示するかの様に、国内最高峰の魔術学校であるリシュラス魔術学院の真っ黒なローブを羽織っていた。
その黒いローブは良くも悪くもアトスの真っ赤な髪と瞳を引き立たせており、より一層アトス=ファルムエイドという存在を際立たせていた。
そのおかげもあってなのか、アトスは訓練場内の人々の目を釘付けにした。
「あいつ、まるで悪の親玉みたいだな」
アトスを目にしたカイの嘲笑混じりの言葉に、レイリアは思わず吹き出した。
「兄様だって同じローブ持っているでしょ?」
「持っているけれど、そもそも僕は魔導士のローブがあるからなぁ。というか、この場面でアレを着てこようとは思わないって」
「でも魔術士のローブは魔術師としての正装だもの。皇太子殿下が臨席されるのは確実な訳だし、羽織るのは礼儀だわ」
レイリアがそう言い終わるや否や、周囲にラッパの音が高らかに響いた。
その音に合わせ、訓練場内の人々が一斉に静まると、音を拡散させる魔道具から女性の声が聞こえてきた。
「只今より、アトス=ファルムエイド、レイリア=ゼピスの両名による決闘を行います。まず始めに、皇太子殿下、並びに皇太子妃殿下、及び、ミリアンナ殿下のご入場となります。全員起立し、拍手にてお迎え下さい」
この案内が流れると、訓練場内はどよめいた。
なにせ、幻王女と陰で呼ばれるミリアンナが臨席するというのだ。
ミリアンナとは、現国王の亡くなった兄、前フォーガム公ドゥエリオ王子の子で、現在第二王位継承権を持つ王女だ。
エルディオの従兄妹でもあるこの姫は、亡くなった父親同様体が弱く、いつも王族の住まう北棟に籠っているので、その姿を見た者は少なかった。
そんな王女が珍しく人前に姿を現すと聞き、誰もが驚いたのだ。
当然レイリアも、思わぬ王族登場の知らせに唖然とした。
「ねぇ、何でミリアンナ殿下までいらっしゃるの?」
レイリアが小声でカイに尋ねると、カイもまた小声で答えた。
「レイリアと同じ年の魔術士だから、気になって見に来たんじゃないか?」
レイリアは幻王女と言われる姫が同じ年なのは知っていたが、魔法が使える事までは知らなかった。
「ミリアンナ殿下って、魔術士なの?」
「そうだよ。知らなかったのか?」
「ミリアンナ殿下の話なんて、全然聞かないもの」
「まぁ、あの方はいつも北棟に引き籠っていらっしゃるしな」
ミリアンナに関してそう答えざるを得ないカイは、妹へ真実を伝えられない事に、少しだけ良心が痛んだ。




