第百二十五話 少女の異端な魔法戦4
だが、ルルーリアを通して皇太子のエルディオと何度か関わるうちに、エルディオがルルーリアの暗黒面を受け入れている上、あのルルーリアの手綱さえも握っていると分かり、ウィリスはエルディオという人物が恐ろしくなった。
そんなエルディオが、今回は皇太子としてアトスとレイリアの魔法による決闘を取り仕切る。
エルディオが皇太子の名を冠して動く時は、国益が絡む時だ。
そのため、今回も単なる興味からの行動では無さそうだが、そうなると、エルディオがアトスとレイリアの決闘に介入する事が、何故国益になるのか?
アトスとレイリアの決闘は、例え子供同士とはいえ、六侯家による争いだ。
この決闘によって、万が一にも国を支える六侯家が表立って仲違いなどしようものなら、国の均衡が崩れかねない。
だからこそエルディオは、自身がこの決闘を取り仕切る事で、ゼピスにも、ファルムエイドにも、勝敗に対する遺恨を出来る限り抱かせないようにしたかったのだろう。
それに加え、この決闘は皇太子立ち会いの下で行われるのだから、結果に対し、当事者であるゼピスとファルムエイドを含め、何人たりとも異議を唱える事が出来なくなる。
ゼピスとファルムエイドの対立という最悪の事態を避けるためには、良いやり方なのかもしれない。
と、ここまではウィリスも思った。
ところが、グレナからリシュラスへ向かう魔導列車の中で、ウィリスはカイからこう説明された。
アトスとの魔法勝負にエルディオが関わっていなければ、例えレイリアが負けたとしても、レイラがファウスにアトスとレイリアの婚約を認めさせると言っているだけなので、ファウスがレイラの言葉を受け入れなければ良いという逃げ道があった。
しかし、エルディオがしゃしゃり出てきたせいでその逃げ道が塞がれてしまい、レイリアが負けた場合には、ゼピス家はレイリアをアトスに差し出さなければならなくなった、と…。
この流れを知ったウィリスは、決闘日程の設定も含め、余計な介入をしてきたエルディオを心底恨んだ。
とは言え、恨んだところで状況は変わらず、ウィリスに出来る事は無い。
一人悶々とするウィリスを前に、カイは続けてこう言った。
「ま、そんな事には絶対させないけどなー」
「それって、レイリアがアトスに勝てるって事?」
「今のところ、負ける要素が無い」
カイはそう断言するものの、隣に座るレイリアは不安そうな顔をした。
「でも、もし途中で転んだら?」
何故魔法で戦うのに転ぶのか、とウィリスが不思議に思う間にも、カイとレイリアの話は続いていった。
「その時は自分の運の無さを嘆いて諦めろ」
「兄様酷いっ!」
「あのな、周りはレイリアが勝つためのお膳立てを、これでもかって言うほどしてやってるんだぞ。これで負けるなら、センティアナのお祖父様のところにでも行って身を隠すしかないだろ」
カイの言葉に、負けた場合でも何とかアトスから逃げる方法がありそうだと分かったレイリアが、思わず嬉しそうに手を一つ叩いた。
「まだその手があったわね!」
そんなレイリアの様子を見たウィリスが、呆れ顔で言った。
「あのさぁ、負けた時の心配より、勝つための努力をしようよ…」
「努力はしたわよ?でも、転んだら勝てないもの」
「何で魔法で戦うのに転ぶんだよ?」
そもそも魔術士は、動きながらでは集中しづらいからと、立ち止まって魔法の詠唱に集中するのが一般的だ。
そのため魔術士同士の戦いの場合、魔術士達は開始位置からほぼ動かずに攻撃魔法や補助魔法を放つので、転ぶ要素が無いはずなのだ。
常識として知られる魔法戦を思い浮かべたウィリスが、レイリアへ怪訝な顔を向けると、レイリアは、
「それは明後日までの秘密なの!」
と言ったきり、決闘に関わる内容を話さなくなった。
その後カイからは、レイラとファウスより、アトスとの戦い方に関しては絶対秘密にするよう命じられているので、例えウィリスにでも話せない、と言われてしまった。
そして、予定通り夕刻にリシュラスのゼピス邸へ戻ると、なんとファウスが玄関先で待っており、レイリアはファウスに連れられて、ゼピス邸の北側にある魔術士専用の屋内練習場に篭ってしまった。
もちろん決闘の前日となる昨日も、レイリアはカイと共に、一日中屋内練習場から出て来なかった。
こうしてウィリスは、レイリアが今日の決闘で何をしようとしているのかを全く知らないまま、今この観覧席に座っているのだ。
だからウィリスは今、不安で堪らない。
カイもファウスも大丈夫だと言っていたが、当のレイリアが、
「多分、勝てると思う…」
と、ウィリスの不安を煽る様な言い方しかしなかった。
(もしレイリアが負けたら、僕も一緒にセンティアナへ連れて行ってもらえるかな…)
そんな事を考えながら、ぼんやりと魔術士訓練場を眺めていると、隣から
「大丈夫よ」
と、声がした。
右隣に座るアイリーンが、ウィリスに微笑んだ。
「ゼピスが魔法で負けるはずが無いもの」
元はゼピスであったアイリーンの言葉は、カイやファウスの『大丈夫』という言葉よりも、何故だかウィリスの心にすとんと落ちてきた。
(あぁ、そうだ。レイリアもゼピスなんだ…)
レイリアもまた、このルタルニア王国を護る盾とさえ呼ばれるゼピス家の魔術士だ。
そしてつい先日、ウィリスはその偉大なる力を自分の目で見たばかりでもある。
そんなレイリアが、アトスなんかに負けるはずがない!
ウィリスがそう確信した時、左隣のディレイからも声が掛けられた。
「そうだよ!レイリアだってあんなのでもゼピスなんだしさ!」
ウィリスを安心させようと言ってくれたのは分かるが、途中の『あんなのでも』は一言余計だ。
(ディレイは良い人だけれど、やっぱり残念だ)
ウィリスが心の中でディレイをそう評した時には、既にアイリーンの叱責がディレイへ飛んでいた。




