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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第百二十一話 グレナの少年領主6

 それから一の月過ぎ、山間部が多いグレナにも色とりどりの花が咲き始めた頃、グレイベラでは春恒例の芸術祭が行われた。


 だが、今年もまたウィリスは芸術祭に参席しなかった。


 領主不在の中で行われた芸術祭は、トイットには心なしか盛り上がりに欠けている様に見えた。


 やはりノイエール学園の夏の長期休暇が始まらなければ、ウィリスは帰ってこないだろう。


 トイットやノーマンを始めとした使用人一同がそう思いながら日々を過ごすうちに、グレナは新緑の季節を迎えた。


 そんなある日、ウィリスからトイット宛に手紙が届いた。


 手紙には、フロディア教団によってグレナ湖の湖底神殿の調査が行われるので、神殿の封印を解くために三日後にはグレナへ戻る、と記されていた。


 トイットは早速領主の帰郷をノーマンを含めた使用人達へ知らせると、出迎えの準備を指示した。


 ところが、帰郷予定日の二日前の夕方、ウィリスから突如明日グレナへ戻るという手紙が送られてきた。


 何故帰郷予定日が一日早まったのかは分からないが、ウィリスを迎える準備は既に大方おおかた済んでおり、トイットには特に支障ししょうは無いように思えた。

 

 しかし、使用人達は二日後にウィリスが戻ってくると思い込んでいたので、ウィリスを迎える心構えが出来ていない者が多かった。


 その中には、あの言葉少なに冷たい目だけを向けてくる少年が明日にも帰ってくると知り、震え上がる者もいた。


 そして、多くの使用人達が、首にならないためにも仕事を完璧にこなし、領主たる少年の機嫌を損ねないよう振る舞わなければならないと考えた。


 次の日の夕方、とうとうウィリスがグレナのハーウェイ邸に帰ってきた。


 出迎えた使用人達の間に重苦しい空気が漂う中、玄関ホールにウィリスが現れると、その姿を目にしたトイットは驚いた。


 ウィリスがその身にまとう雰囲気を以前とがらりと変えていたからだ。


 家族を亡くしてからのウィリスは、瞳に冷たさを、その身に刺々しさを纏っていた。


 それが、今目の前にいるウィリスは、瞳には昔のような力強さと、そして、その身には凛々しさを備えている様に見えたのだ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 トイットの言葉に合わせ、トイットやノーマンを含めた出迎えの使用人一同が頭を下げた。


「出迎えご苦労」


 以前のような暗さを含んだ声ではなく、堂々とした口調でそう述べたウィリスに、トイットはウィリスの成長を見た気がして嬉しく思った。


 その後、自室で着替えたウィリスは、休む間もなく執務室へ向かうと、ノーマンから領内についての報告を受けた。


 そして、ノーマンとのやり取りが終わり、ノーマンが執務室を離れたところで、トイットはウィリスへ紅茶を差し出しながら尋ねた。


「今回は、ゼピス家の護衛を連れて来られてはいらっしゃらないのですね」


「僕が戦えるようになったからね。見える形での護衛は、ルッジ以外は要らないかな?」


 さらりと述べられたウィリスの言葉に、トイットは驚いた。


「もしや、剣を持てるようになったのですか?」


「うん」


「それは良うございました」


 それだけ言って微笑むトイットに、ウィリスが首を傾げた。


「どうして剣を持てるようになったのか、聞かないのか?」


「先日のリシュラスでの事件がきっかけかと思ったのですが?」


「うん。僕はもう、レイリアが僕を庇って怪我する姿なんて二度と見たく無い。だから次は、いや、次からは僕がレイリアを守るって決めたんだ。そのためにも、僕はもう一度、剣と向き合わなきゃいけないんだ」


 トイットを見るウィリスの真っ直ぐな漆黒の瞳には強い意志が秘められており、それはまるで、ウィリスの父親であるグエンをトイットには思い起こさせた。


「ウィリス坊ちゃまにも、守りたいものが出来たのですね…」


 トイットのしみじみとした物言いに、ウィリスは小さな照れ笑いを浮かべると、

「うん」

と頷いた。

 

「グエン様が以前、こう仰っていました。守りたいものがある者は強くなれる、と。ですから、守りたいものが出来たウィリス坊ちゃまも、必ずやお強くなられるでしょう」


 思わぬ所で出てきた父の言葉をウィリスは心に刻むと、トイットへと尋ねた。


「僕は、父上くらい強くなれるだろうか?」


 その問い掛けに、トイットは笑みを浮かべながら答えた。


「それは坊っちゃまの努力次第ですが、そもそもグエン様くらいお強くなられないと、あのゼピスの御令嬢をお守りするのは難しいかと存じますよ?」


 トイットのもっともな意見に、ウィリスは思わず苦笑いを浮かべた。


「それもそうだね」


 いつもどこかで問題を起こしたり巻き込まれたりするあの水色の少女は、きっとこれからも色々な場面に遭遇そうぐうするはずだ。


 その時に必ずそばで守れるように、ウィリスは剣の腕前だけではなく、セラに言われた通り、心も強くならなければならないと思った。


「フォーナム」


「はい」


「僕がこの立場にいる限り、僕は狙われ続けるかもしれない。けれど僕はもう、逃げもしないし隠れもしない。もし向こうが手を出してきたら、徹底的にやり返す」


 トイットは、ウィリスがそこまでの覚悟を示した事に驚いた。


「坊っちゃま…」


「僕がファウス様の庇護ひごを受けられるのも、後二年半ちょっとだ。それまでの間に、僕は自分の立場を固めなきゃいけないし、色んな意味で強くならなきゃいけない。だからフォーナム、これからもノーマンと共に僕を支えてくれないだろうか?」


 グレナを治める若き領主の願いに、トイットは当然の如くこう言った。


「勿論にございます、旦那様」


 そうして恭しく頭を下げたトイットの目には、ほんのわずかだが、光るものがにじんでいた。

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