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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第百二十話 グレナの少年領主5

 年が明けて新年を迎えると、グレナ伯爵邸では夕刻から開かれる新年の祝賀会の準備のため、使用人達がせわしく動き回っていた。


 使用人達には、朝一番で前日付け、つまり前年最終日をって二人の使用人が解雇かいこされたと知らされた。


 解雇事由は、以前と同じ『領主に害ある言動げんどうが見られたため』だった。


 使用人が一年の最終日を以て解雇される事は良くある事なので、二人の解雇について特にあやしむ者は居なかった。


 ただ多くの使用人達が気にしたのは、二人が辞めさせられた理由だった。


 昨日巻き込まれた四人以外の使用人達は、当然ながら、二人の解雇事由を知らない。


 そのため使用人達は、どんな言動が解雇事由となるのかが分からず、結果として、職務に関する事以外でウィリスの話題を口にしないという選択をした。


 その日の夕刻、二年振りに領主を迎えて行われたグレナ領の新年の祝賀会は、ウィリスが招待客を前に全く笑顔を見せないといった小さな問題以外、特に何も起こらず終了した。


 笑わないウィリスを目にした多くの招待客は、いまだ家族を失った悲しみをウィリスが引きずっているのだろうと思い、ウィリスをあわれんだ。


 だが実際は、ウィリスの性格として、特に親しく無い相手に感情を表さないだけであった。


 祝賀会が終了すると、ウィリスは執務室へと退しりぞいた。


 明後日あさってにはリシュラスへ戻るため、時間があるのうちに、出来る限り書類処理を終わらせようと思ったのだ。


 ウィリスが黙々と書類に目を通しては署名をする作業をこなしていると、トイットが机の上にそっと紅茶の入ったカップを置いた。


「ありがとう」


 ウィリスは真剣な表情をやわらげて礼を述べると、紅茶を数口飲んで息を吐いた。


 そして、昨日から考えていた事を口にした。


「フォーナム」


「はい」


「僕が死ねば一番得をするのは、叔父おじ上だったな?」


「はい、ウォーレン様ですね」


 硬い表情でトイットがそう答えると、ウィリスは視線をトイットから手にしていた紅茶のカップに落とした。


「これは僕の勝手な予想だけど、今僕を殺そうとしているのは、叔父上では無い気がする」


 静かな声でもたらされたウィリスの言葉に、トイットは驚きから目を見張った。


何故なぜそう思われるのですか?」


「あの人は確かに僕が死ぬ事を望んでいるだろうけど、僕がローシャルム子爵家にいた時を含めて、直接手出しはしてこなかった。あの人は、あくまで自分とは関係無い形での僕の死を望んでいるんだ。それなのに、自分が真っ先に疑われる様なやり方で、僕を殺しに来るだろうか?」


「では、ウォーレン様は関係無いと?」


 わずかに喜色を含んだトイットの声に、ウィリスは苦笑いを浮かべた。


「それは、はっきりとは言い切れないよ。実際、僕が死ぬのをあの人は待っているんだし」


「そうですね…」


「ただ僕としては、去年の夏の事件も含めて、叔父上以外の可能性も考えてみるべきじゃないかと思ったんだ」


「分かりました。ノーマンにも旦那様の考えを伝えておきましょう」


「うん、頼む。あと、昨日の件で何か新しく分かったら知らせてくれ」


かしこまりました」


 トイットの返事を受けたウィリスは、カップに残った紅茶を飲み干すと、再び書類を手にした。


 年が明けた白の月の三日。ウィリスの誕生日の朝に、ウィリスはグレナからリシュラスへと旅立った。


 伯爵邸を出発する前に、ウィリスは嬉しそうにトイットへこう言った。


「今日の夜は、誕生日会を開いてもらうんだ」


「それは、ようございましたね」


 トイットはそう答えつつも、一抹いちまつの寂しさを感じていた。


 グエン達が生きていた頃は、ウィリスの誕生日をこの屋敷で祝っていた。


 だが、今のウィリスが心安らかに過ごせる場所は、この屋敷では無くリシュラスのゼピス邸であり、心を寄せ続ける少女のそばである以上、ウィリスの誕生日を祝うに相応ふさわしい場所はゼピス家なのだ。


 それでもいつか、この屋敷でもウィリスに安心して過ごしてもらいたい、そして、この屋敷で再び誕生日を祝えるようにしたいと、トイットは思ったのだった。




 春の訪れと共にルタルニア国内で行われる花冠はなかんむりの祭りの少し前、年末に起こった事件についての新たな報告が、ノーマンからトイットになされた。


 報告内容は、事件を起こした男が、ダーズレッド男爵が紹介状を持たせた人物とは別人であり、本来ハーウェイ家に来るはずの人物は、現在行方不明であるというものだった。


「当家に入り込む為に、紹介状を奪ってなりすましたのでしょう」


 ノーマンの言葉に、トイットはため息を吐いた。


「そこまでして何故ウィリス様を狙うのかが分からないな」


「ノレント商会の方も何も出てきませんでしたしね…」


 ノレント商会の次男がウィリスを狙った理由は、ハーウェイ家で働き始めた後、自害した男にめられて博打ばくちにはまり、借金を重ねた結果、本人が言った通り脅されての事だった。


 つまり、ノレント商会自体はこの事件とは関係がなかったのだが、それでもこの愚かな次男のせいでノレント商会はグレナ領内での商売が立ち行かなくなり、商会長であった父親は心労から倒れてしまったらしい。


「取り敢えず、私の方は引き続きローシャルム子爵家の情報を集めます」


「分かった。では私は今いる使用人の監視を続けて、屋敷内の安全を確保しよう」


 トイットとノーマンが互いにすべき事を確認し合うと、トイットはリシュラスにいるウィリスへ送る報告書の作成に取り掛かった。

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