第百十九話 グレナの少年領主4
トイットはその後、残った四人にもう一度緘口令を敷くと共に、今回の件に対する特別報奨金を支給する旨を伝えた。
使用人達への対処を終え、四人をそれぞれの持ち場へと帰したトイットは、別棟の地下にある部屋を目指した。
その部屋は、古くから罪人を隔離する為に使われており、最近ではグエンの病状を外部へと漏らした者への尋問に使用されていた。
部屋の前にいる護衛と声を交わしたトイットが扉を開くと、牢屋よりは増し程度の部屋の中には、護衛と先程捕らえた二人の男以外に、ノーマンがいた。
「トイットさん…」
トイットが部屋へと入ってきた事に気が付いたノーマンが、悔しげな顔でトイットの名を呼んだ。
「どうかしたのか、ノーマン?」
トイットに問い掛けられたノーマンが、部屋の奥へと視線を向けると、そこには床の上で丸まるようにして転がっている男と、縄で縛られながらも喚いている男がいた。
「毒を飲んだようで…」
床に転がっているのは、ナイフを持っていた方の男だった。男は既に事切れているらしく、ピクリとも動かない。
「そうか…」
「すみません。折角何か掴めるかと思ったのですが…」
「仕方が無い。それで、もう一人からは何か分かったのか?」
片方が物言わぬ存在となってしまった以上、もう一人の男から情報を得なければならないが、騒ぎ立てる男を見るに、どうやらそれは無理そうだった。
「トイットさん!俺は脅されたんです!好きでやったんじゃ無いんです!信じて下さい!」
新たに顔を見せたトイットへ向けて、男が叫ぶ。
「先程からそいつは、ずっとこの調子でして…」
脅されようが、何しようが、領主たるウィリスに毒を盛ろうとした時点で許される訳がない。
「ノーマン殿、トイット殿、少し宜しいか?」
ゼピスの護衛から声を掛けられた二人が、
「はい」
「構いません」
と、重なる様に返事をした。
「あの二人、これからどう致しましょう?」
守備隊に渡すか、それとも、裏で処理をするか…。
「旦那様が狙われている事を公にする訳にはいきませんから、守備隊には渡せないですね」
ノーマンの言葉にトイットが頷いた。
未だハーウェイ家が家督を巡って揉めていると世間に知られれば、ハーウェイ家の評判が下がるだけではなく、血筋的に瑕疵のあるウィリスの立場が更に悪くなる。
「では、内々に処理する形で宜しいか?」
「はい」
「了解した」
ノーマンの返事を受けた護衛がその場を離れると、ノーマンはトイットへと囁く様に言った。
「トイットさん。死んだ男と、そこの男の事を調べ直した方が良いと思います」
使用人の選定は、家令ではなく執事の仕事だ。
だからこそ、新たに雇い入れた四人は、トイットが選びに選び抜い人材だった。
それにもかかわらず、その内の二人がウィリスを狙った事に、トイットは自分を責めずにはいられなかった。
「死んだ男の方は、ダーズレッド男爵からの紹介だったんだがなぁ…」
トイットの口から、つい愚痴が零れ落ちた。
トイットから見たダーズレッド男爵は、芸術をこよなく愛する男性であり、ウィリスに対して悪意を持つような人物では無かった。
そして、死んだ男についても、雇用するにあたって身元を調べた際には、特に不自然な点は見当たらなかった。
今回の件は、ダーズレッド男爵に欺かれたからなのか、それとも、単に己に人を見る目が無かったからなのか、もしくは他の要因か…。
そんな事を考えていたトイットに、ノーマンが、
「では、ダーズレッド男爵家についても調べますか?」
と問うてきた。
「その必要があるな」
「もう一人の方は、どちらからの紹介ですか?」
「ノレント商会の会長の次男だ」
「ノレント商会の!?」
ノレント商会と言えば、グレナ領内でも十指に入るほどの商会だ。
まさかそんな家の出身者が領主の命を狙った事に、ノーマンは衝撃を受けた。
「ノレント商会に対しては、調査と同時に営業停止処分を下さなければなりませんね…」
ノーマンはそう言うと、大きな溜息を一つ吐き、再び言葉を続けた。
「トイットさん。今後はウィリス様が望まれても、新たな使用人を雇うのは暫く控えませんか?」
主人の意に反する行為を取れと言う家令に、トイットは眉を顰めた。
「何故かね?」
「例えゼピス家の護衛がいるとはいえ、グエン様達を襲った犯人を見つけるためにウィリス様自らが囮となるのはやはり危険です。それに、今回は身元がはっきりしている人物を雇い入れたにもかかわらず、ウィリス様が狙われました。我々が今一番にすべき事は、ウィリス様の身の安全の確保です。ここは一旦、今いる人員に目を配りながら、屋敷内の安全を確立した方が良いと思います」
ノーマンの発言を尤な意見だと感じたトイットは、ノーマンに賛同の意を示すと、ノーマンと共に今後についてを話し合った。




