第百十八話 グレナの少年領主3
夏から秋へと季節が変わった頃、トイット宛にウィリスから手紙が届いた。
そこには、新しい使用人を何名か雇うようにとの指示と共に、
『餌を撒けば、必ず向こうは食い付いてくるはずだ』
という一文が認められていた。
ウィリスに危害を加える恐れのある人間を屋敷内へ入れたくなかったトイットは、ウィリスの自らを囮にするようなやり方に、当然反対した。
しかし、伯爵邸の使用人の数が足りない事もまた事実で、結局トイットは、厳選に厳選を重ねて、四名の使用人を新たに雇い入れた。
トイットがその事を報告する手紙をウィリスへと送ると、ウィリスからは、
『運が良ければ、一人くらいは残るかな?』
という一文を含んだ返信が届いた。
だが文章全体からは、新たに雇い入れる者達の誰をも信用していないというウィリスの意思が垣間見られた。
それからまた月日が過ぎ、年の瀬を迎えると、伯爵邸で行われる新年を祝う行事に出席するため、ウィリスが再びリシュラスより戻ってきた。
今回のグレナへの帰還には表立っての護衛が二名のみとなっていたが、陰ながらウィリスを守るゼピス家の護衛が複数いるらしい事は、ウィリスの従者のルッジより、ノーマンとトイットへ伝えられた。
ウィリスの滞在によって、ノーマンとトイットは、前回雇い入れた二名と今回の四名を中心に、いつも以上に使用人全員の動向に目を光らせた。
ウィリスの触れる物、口にする物はトイットが徹底して管理し、食事においても細心の注意が払われる中、それでも事は起こってしまった。
フロディア教の信者には、一年の最後の日に、『ポロロフ』という菓子を食べる習慣があった。
ポロロフは、ホロホロとした食感が特徴的な、一口大のクッキーだ。
そのポロロフを、一年を示す十の月分、つまり十枚食べながら、信者達は一年を振り返る。
もちろんフロディア教の敬虔な信徒であるウィリスにも、一年の締めくくりにとポロロフが用意された。
だが、ウィリスは用意されたポロロフに手を付けず、ここ一年以内に雇った六名の使用人を広めの部屋に呼び出すと、彼らに一枚ずつポロロフを配り始めた。
「このポロロフは、私のために用意された特別製だが、新たにこの屋敷に迎え入れた君達と共に、この一年を振り返りたいと思ってね。是非今ここで食べて行って欲しい」
庶民用のポロロフと、貴族が口にするポロロフは、材料も味も、そして値段も違う。
ウィリスが渡したポロロフは、真っ白な粉砂糖で贅沢に覆われた綺麗な丸い形で、その見た目はいかにも高級感が漂っていた。
いくら一年に一度しか食べない特別な菓子とは言え、所詮菓子は菓子。
そんなものに高い金を掛ける事など一般庶民はするはずも無く、領主から手渡された高級ポロロフに、六人のうち四人が顔を綻ばせた。
「さぁ、遠慮せずに食べてくれ」
初めて見る少年の笑みに釣られる様に、四人が笑顔でポロロフを口にした。
しかし、二人の使用人が、領主の勧めにもかかわらず、掌にあるポロロフを前に固まった。
その二人に、護衛を従えたウィリスが近づく。
「二人とも、何故食べない?」
ウィリスが二人へと冷ややかな視線を向けると、突然一人が床へと膝から崩れ落ちた。
「申し訳、ありません。旦那様のポロロフに、毒を…」
一人がそう言い始めた途端、もう一人が隠し持っていたナイフを取り出した。
それを見た他の使用人達が悲鳴を上げると、部屋の外から何人もの護衛達が現れた。
そして、ナイフを持っていた男と、床に座り込んでいた男は素早く捕らえられると、部屋の外へと連れ出されていった。
部屋の中に残されたのは、四人の使用人と、ウィリス、ルッジ、元からいた護衛の二人、そしてトイットだ。
顔面を蒼白にして固まっている四人の前に、トイットが歩み寄った。
「分かっているとは思うが、先程の事は他言無用だ。良いな?」
脅迫めいた口調でトイットが命令すると、四人は頷いたり、
「はい」
と返事をした。
「あの、トイットさん」
四人の内の一人が、恐る恐るトイットを呼んだ。
「何かね?」
「あの、俺たち、毒入りのポロロフを食べたんでしょうか?」
使用人の男が今にも泣き出しそうな顔で尋ねると、少し離れた所から少年の声がした。
「このポロロフには、毒なんて入ってない」
そう言って、ウィリスが皿の上に残っていたポロロフを一枚口の中へ放り込んだ。
そして、ウィリスがもぐもぐと咀嚼して飲み込んだところで、使用人達はやっと安堵の表情を浮かべた。
「ではフォーナム、後は任せた」
ウィリスの言葉に、トイットが
「畏まりました」
と応じると、ウィリスは護衛とルッジを連れて部屋の外へ出て行った。
十二月に入ってから忙しく、週末に二話ずつは無理そうです(泣




