第十話 少年と少女10
「あら、それって過去で良いわけ?」
「?」
無言でセラを見るウィリスの隣で、レイリアが首を傾げた。
「最近のレイリアは茶葉のブレンドに凝っているって、ルーから聞いたわよ?その試飲はさせられていないの?」
ルーことルティアはセラの妹で、性格はセラとは正反対のおっとり落ち着いた少女だ。
そして、ノイエール学園におけるレイリアとウィリスの同級生であり、レイリアの仲の良い友人の一人でもある。
「しますけれど、今はそれなりに飲める味に仕上がってから飲まされるので、昔に比べれば全然マシです」
ウィリスの発言に、レイリアが眉根を寄せた。
「昔の私の紅茶って、そんなに酷い味だった?」
「うん。カイやルッカが、レイリアが紅茶セットを持ち出すと逃げ出していたくらいだったし」
その言葉に、幼い頃の記憶を辿ったレイリアがある景色を思い出す。
「そう言えば、私がお茶を淹れる時って、ウィルしかいなかったかも…」
「まぁ、どんな淹れ方すれば美味しくなるのかを色々試していた頃の事だから、仕方がなかったのかもしれないけれどね」
そこへすかさず、セラがウィリスへと尋ねてきた。
「ねえ、ウィリスはどうして逃げなかったの?」
その問いに、ウィリスは少し考えた。
「あの二人は僕を囮にして逃げていましたし、それに、レイリアを一人にするのも悪いと思ったので…」
僅かに混ぜた嘘を口にした事で気が引けたウィリスが、セラから目を逸らす。
「ふーん」
含みを持たせた口調のセラが、口元を僅かに上げてウィリスを眺める。
その視線から逃れる様に、ウィリスはレイリアへと顔を向けた。
「それよりレイリア。セラ様に伝えたい事があったんじゃ?」
「そうだった!」
ウィリスから話を振られたレイリアは、慌てて手にしていたカップとソーサーをテーブルへ置くと、姿勢を正した。
「セラ姉様!私、今年の剣術大会の代表に選ばれたの!」
「まぁ、本当!凄いわ、レイリア!おめでとう!」
思いもよらぬ妹弟子の朗報に、セラが満面の笑みを見せた。
「ありがとう!これもセラ姉様のおかげよ!」
「そんな事ないわ。レイリアが今まで頑張ってきたからよ」
「ふふふ…」
憧れでもあるセラに褒められた事で舞い上がり、照れ笑いを浮かべるレイリアの隣で、ウィリスがわざとらしくため息を吐いた。
「何よ、そのため息?」
ウィリスの態度が面白くないレイリアが、口を尖らせる。
「いや、だって、まだ大会に出られるっていうだけで優勝したわけでも無いのに、何をそんなに浮かれているんだろうって思って」
「あら、うちの道場から代表に選ばれるのって、とても大変な事なのよ?」
レイリアが通うイラバ剣術道場出身のセラの言葉に、ウィリスが頷いた。
「知っています。でも代表に選ばれただけで喜んでいるようでは、優勝どころか、一回戦突破も難しいだろうなぁと思って」
ちらりと向けられた挑発的な瞳に、レイリアの闘志が燃え上がる。
「何よ!私が一回戦で負ける程弱いって言いたい訳!?」
「そうじゃ無いよ。ただ、今みたいにフワフワ浮かれきっていたら、勝てる試合も勝てないどころか、気を抜きすぎて怪我するだけだろうなぁ、と思ってさ」
「っ…」
ウィリスから痛い所を突かれ、言葉に詰まったレイリアに、更にセラが追い討ちをかけてくる。
「確かにそうねぇ。大会に出るからには、あくまで優勝が目標だものねぇ」
「分かっているわ、そんな事。でも、まだ言われたばかりなのだもの。少しくらいは選ばれた事を喜んでいても良いじゃない…」
徐々に小さくなるレイリアの語尾に、セラが苦笑した。
「そうね。初めて大会に出られるのだものね。折角だし、今日くらいまでは喜んでいても良いかもね」
「やったぁ!」
「その代わり、明日からは心を入れ替えてまた頑張りなさい」
「ううん。今から頑張るわ!だからセラ姉様、今から稽古の相手して!」
拳を握り気合たっぷりのレイリアに、セラが笑顔で応じる。
「えぇ、いいわ。元々レイリアに稽古を付けるつもりで今日は来た訳だし」
「それじゃあ私、剣を取ってくるから、先に中庭へ行ってて!」
そう言い残して勢い良く部屋を飛び出していったレイリアの後ろ姿に、ウィリスは今度こそ頭を抱え、セラは声を上げて笑うのだった。




