第百十五話 祖母と孫娘7
そして、不思議そうな顔でウィリスを見つめるレイリアの額を、
「コツン」
という小さな音を立てて、指で弾いた。
「痛っ!何するの!?」
レイリアは痛みと驚きで、大きな瞳を更に大きくさせながら、おでこを手で押さえた。
「カイから聞いたよ。山を凍らせた理由」
ウィリスがテーブルに両手を置いて、前のめりになりながら軽く睨むと、レイリアは
「あっ…」
と言う声を上げながら、ピクリと跳ねた。
「僕を驚かせようだなんて、くだらない事を考えながら魔法を使ったら、ああなったんだって?」
「うっ…」
「しかもそのせいで魔力を切らせて倒れるとか、笑っちゃうよね」
「……」
「でもさぁ、今だから笑えるけど、あの時倒れた君を見た僕が、どれだけ心配したか分かる?」
ウィリスの言葉に、レイリアは目を伏せると小さく縮こまった。
「あの…、その…、ごめんなさい。反省しています…」
すっかりしょぼくれたレイリアを前に、ウィリスはため息を吐くと、ソファにどさりと座り直した。
「まぁ、今回は山の火も消してもらったし、これくらいで許してあげるけど、次こんなふざけた事したら、ただじゃおかないからな」
「えっと、ただじゃおかないって言うと?」
「レイリアが寝てる間に、寝室に虫をばら撒くとか?」
ウィリスが片方の口角だけを上げて、ニタリと悪い笑みを浮かべると、虫が大嫌いなレイリアは
「ヒッ!」
と小さな悲鳴を上げた。
「やめて!それだけは絶対にやめて!!」
「だったら次からは、あんな魔法の使い方はしない事!いいね!?」
険のある目つきでウィリスがそう言うと、レイリアは自分の両手で自分自身を抱きしめながらコクコクと頷いた。
「分かった、もうやらない!」
見るからに怯えた様子を見せるレイリアに、少しいじめ過ぎたかと良心が痛んだウィリスは、話題を変える事にした。
「それで、僕に話があるって聞いてきたんだけれど?」
「え?あぁ、うん…」
そう答えたレイリアは、ウィリスから目を逸らすと、表情を曇らせた。
「えっとね」
ぽつりと漏れ出たレイリアの一言に、ウィリスが
「うん」
と答えると、レイリアが再びウィリスに目を合わせてきた。
「あのね」
「うん」
「昨日、お祖母様にね」
「うん」
「私の事が嫌いなのか、聞いてみたの…」
「はぁ?」
眉間に皺を寄せて、何とも言えない顔をするウィリスに、レイリアはムッとなりながら言った。
「ウィルが聞けって言ったのよ?」
「僕、そんな事言ってない」
「言った」
「いつ?」
「一昨日の夜、ビシェ村の村長さんの家で」
そこまで言われてやっと思い出したのか、ウィリスはハッとした顔になった後、頭を抱えて項垂れた。
「言ったかもしれない…」
「かもしれないじゃ無くて、言ったのよ」
レイリアから断言されたウィリスは、諦めた様に小さく息を吐くと顔を上げた。
「それで、どうなったの?」
「私の事は嫌っていないって言われたわ。それから、私に厳しくしていた理由とかを色々聞いて、最後に謝られた…」
「その色々の部分が大事だと思うんだけど?」
「うーん、何て言うのかしら?私の事が心配で、つい口煩く言っていたらしいのよ」
『レイリアが心配で…』、というレイラの気持ちが非常に良く分かるウィリスは、心の中で何度も頷いた。
「だから言っただろ?レイラ様はレイリアの事をちゃんと心配して下さっているって」
「でも私、お祖母様には怒られた事しかなかったし…。嫌われているとしか思えなくても、仕方が無いと思わない?」
そんなレイリアの言い訳に、ウィリスは呆れ気味に言った。
「そもそも君とレイラ様は、会話の絶対量が足りないんだよ。だからこんな風に何年も拗れるんだ」
「それはまぁ、否定出来ないかも…」
レイリアはそう言うと、弱々しい笑みを浮かべた。
「でも、レイラ様と和解出来て良かったね」
「うん…」
目を伏せがちにして曖昧な答え方をするレイリアに、ウィリスが首を捻った。
「出来てないの?」
レイリアはウィリスの問いに、
「う〜ん」
と一つ小さく唸ってから答えた。
「あのね、お祖母様がどうして私に厳しくしていたかについては納得したの。でもね、だからといって、すぐにお祖母様の事を許せるのかっていうと、やっぱりそれは、無理なのよ…。だって、お母様が亡くなってからずっと、私はお祖母様に理由も分からず怒られ続けていた訳だから…」
そう言ってしょんぼりとするレイリアに、ウィリスは
「そっか…」
と、一言を返すしかなかった。
「あ、でもね、一応仲直りはしたっていう事にはなっているから、これからはもう少しお祖母様も私に優しくしてくれると思うの。だから私も、お祖母様とはもう少し会話を増やしてみるつもり」
「それなら、これからは少しずつレイラ様と仲良くなれるかもしれないね」
「うん」
頷いて小さく笑んだレイリアに、ウィリスはホッとした。
「あ、それとね、私とアトスが魔法で勝負する日が決まったの」
「いつ?」
「四日後」
「四日後!?そんなのいくら何でも早過ぎる!」
レイリアが魔法の練習を始めてから、まだ十日も経っていない。
そんなレイリアが後四日でアトスに勝てるのだろうかという不安から、ウィリスが思わず声を荒らげた。
「でも、この問題を先延ばしにもしていられないし、それにこれは『皇太子命令』だから、もう日程は変えられないの」
レイリアから淡々とそう告げられたウィリスは、アトスとレイリアの問題に対して何も出来ない己の無力さに、ただ拳を握り締めるしかなかった。




