第百十二話 祖母と孫娘4
パゼル山の火災への対応が一区切り付いた次の日の午前、ウィリスはグレイベラの街中にあるフロディア教の教会へと来ていた。
グレナは中規模の領地だが、教会の大きさだけは、隣の大規模領地であるゼピス領のものと遜色の無い大きさだ。
それは、ハーウェイ家がグランシア時代より信仰心の篤い家柄である事を示していた。
ルッジを連れて教会の大扉を抜けたウィリスは、奥にある礼拝堂へ向かうのではなく、入り口すぐにあるホールで足を止めた。
待ち人から指定された待ち合わせ場所が、ここだからだ。
(約束の時間より、早く来すぎたか?)
ウィリスがそう思っていると、礼拝堂を囲む様に作られているホールの左奥から、早足で近づいてくる靴音が聞こえてきた。
角から現れた人物を確認したウィリスが、軽く頭を下げた。
「お迎えにあがりました、セディス卿」
ウィリスの声に、青い騎士服をきっちりと着込んだエルマーが応じた。
「こちらまでご足労頂いたこと、感謝申し上げます、グレナ伯爵」
エルマーの謝意を受け、ウィリスが頭を上げた。
「では、ご案内致します」
そう言うと、ウィリスは教会の外に停めている魔導車へと案内するため、エルマーの先を歩き始めた。
ウィリスがエルマーを迎えに来た理由は、この日の午後にはグレナを発つ予定のエルマーが、その前にグエンとリーナの墓を訪れたいと望んだからだ。
魔導車に三人が乗り込むと、魔導車はグレナ伯爵邸にほど近い所にあるハーウェイ家の墓所へと向かった。
魔導車がグレイベラの街中を抜け、グレナ湖畔の道へと差し掛かった頃、ウィリスは思い切ってエルマーに声を掛けた。
「あの、セディス卿…」
窓の外を無言で眺めていたエルマーが、ウィリスへと顔を向けた。
「何か?」
「セディス卿は父とはどの様なご関係だったのでしょうか?」
ウィリスの問いに、エルマーの抑揚の無い声が語る。
「ほんの数ヶ月でしたが、私は聖騎士であったグエン殿の従騎士をしておりました」
「では、その時に私はセディス卿にお目に掛かっていたのでしょうか?」
「はい。グエン殿の従騎士であった頃に、何度かハーウェイ家に招かれまして、その際にご家族の皆様にもお目に掛かりました。その頃の伯爵はまだ幼くていらして、言葉もたどたどしかったのですが、小さな木剣を振り回して遊んでいらしたのを覚えています」
「申し訳ありません。私にはその頃の記憶が無くて…」
「伯爵が二歳か三歳の頃の話ですから、覚えていらっしゃらないのも当然かと思われます」
「そう言って頂けると助かります」
直前まで申し訳なさそうにしていたウィリスの顔が、ふっと緩んだ瞬間、エルマーには記憶の中にあるルーナと目の前のウィリスが重なって見えた。
だからだろうか。エルマーは普段はしないような昔の話を、つい語りたくなった。
「私は元は孤児でした。ですから私は、親というものを良く知らぬままに育ちました。その様な育ち方をした私を、グエン殿は気に掛けて下さり、自宅に招いて下さるようになったのです。私は、ハーウェイ家の皆様を見て、初めて家族というものがどういったものなのかを知りました。私にとり、グエン殿とルーナ殿は、父と母の様な存在だったのかもしれません」
「そうなると私は、セディス卿にとって、弟の様な存在だったのでしょうか?」
「そうですね。伯爵がお小さい時には、その様に感じた事もあったと思います」
「ではセディス卿は、私にとり、兄の様な存在という事になりますね」
そう嬉しそうに話すウィリスに、エルマーは僅かながら驚きの表情を見せた。
「兄、ですか?」
ウィリスはそのエルマーの反応を見て、自分の発言はいくら何でも馴れ馴れし過ぎたかもしれない、と反省した。
「申し訳ありません。青の聖騎士様に対してこの様に申し上げるのは、やはり失礼でしたね」
そう言って落ち込むウィリスに、エルマーはいつもの感情を見せない顔で言った。
「いえ。兄の様だと言われた事に、少々驚いただけです。その様に言われた事が、今までなかったものですから」
「セディス卿ほどの方ならば、多くの方から兄の様に慕われませんか?」
「さぁ、どうでしょう?人の心の内は目には見えるものではありませんし、もしかすると、そう思っている者もいるかもしれませんが、私には分かりかねますから」
エルマーはそこまで言うと、ウィリスから目を逸らし、車窓の外へと視線を向けた。
二日前まで湖の上に姿を表していた神殿は、既に湖底深くに沈んでおり、車窓から見える広いグレナ湖の湖面は、風があまり吹いていないのか、今は凪いでいる。
結局今回の教団による湖底神殿の調査でも、地下深くにあった扉を開けられなかった。
地下まで続く道は、魔力を吸う特殊な石材で出来ており、高位魔術士でなければまず扉の部屋まで魔力が持たない。
そのため今回は、教団内でも特に優れた高位魔術士を揃え、更にカイ=ゼピスまで調査団に加えた。
ここまでの人材を揃えたからこそ、今回の調査では、扉のある地下の部屋まで誰も魔力を切らす事なく辿り着いた。
過去にこの地で見つかった石板によると、湖底神殿の地下にある扉を開くためには、扉に嵌められている光の空の貴秘石を光の魔力で満たせば良い、と記されていた。
だが、この扉の前では不思議な力によって光の魔力がかき消されてしまうので、光の空の貴秘石に光の魔力を注ぐ事が出来なかった。
では、どうすれば良いのかというと、扉の前に置かれた火、風、水、土の、四つの空の貴秘石に魔力を注ぐ事で光の魔力が生み出され、そこで作られた光の魔力が、扉に嵌められた空の光の貴秘石に流れるようになっていた。
そこまで分かっているにもかかわらず、今まで扉を開く事が出来なかったのは、四つの貴秘石を用いて光の魔力を作り出す工程が、非常に難しいからだ。
そもそも光の魔力は、四属性の魔力が同時に同量合わさって生み出される魔力だ。
それと同じ事を四つの空の貴秘石で行うには、四つの空の貴秘石に対し、ほぼ同時に同量の魔力を注いで光の魔力を作り出さなければならない。
エルマーは、カイを含めた十三名の魔術士に、四属性の空の貴秘石へと魔力を同時に同量ずつ注ぐよう命じた。
しかし、エルマー自身を含めた十四名もの魔術士が、一斉に他者に合わせて魔力を操る事は難しく、結局扉を開くために必要な量の光の魔力は作り出せなかった。
そして、十二名いる教団の高位魔術士の内、半数近くが魔力切れを起こした事で、今回の調査は中止せざるを得なくなった。
(やはりあの地下扉を開けるには、私とゼピス以外に、聖王国の水の姫と火の君の助力を仰がなくては無理か…)
エルマーは、湖底神殿の地下扉を開くのに最も適した人物達を思い描いた。
だが、その四人が揃うはず無い事も、エルマーには良く分かっていた。




