第百九話 祖母と孫娘1
パチリと開いた目に入ってきたのは、ここ数日ですっかり見慣れた板張りの天井だった。
(グレナの別邸?)
最後の記憶はグレイベラより離れた所にある山の中だ。
そこで魔力を切らして倒れた記憶はあるので、そこからここまで運ばれてきたのだろう。
そう納得したレイリアが、掛布をめくってベッドの上に起きあがろうとした時、薄暗い部屋の中で人の気配がした。
「やっと目が覚めたようね」
その声と共に、天井から吊り下げられたランプシェードの明かりが灯された。
「お祖母様…」
起き上がったレイリアの目の前にいたのは、ベッド脇に用意された椅子に座っているレイラだった。
そして、レイリアがレイラを目にして最初に思った事は、
(あぁ、またきっと怒られる…)
だった。
ビシェ村で待っていろと言われたのに待っていなかったし、勝手に山火事を消しにも行った。
挙げ句の果てに、魔力暴走を起こして魔力切れを起こしたという結末は、ゼピス家の人間としては恥さらし以外何者でもないだろう。
レイラから怒られる要素はあっても、レイラに褒められる要素が見当たらない。
「ごめんなさい」
とにかく先に謝っておけば、祖母の怒り具合も少しは落ち着くかもしれない。
そんな小賢しい考えでレイリアは謝罪の言葉を口にした。
「貴女は何に対して謝っているのかしら?」
「村でおとなしく待っていませんでしたし、勝手に山火事を消しに行きました。後は、ゼピスの名を持つにもかかわらず魔力切れになつて倒れてしまい、周囲に情けない姿を晒してしまった事、申し訳ありません」
言われなくても反省していますよ、という雰囲気を出すため、レイリアは思い付く限りの謝罪点を挙げると、しおらしく謝った。
「グレナ伯爵から伺いました。山の西側にも火が回った時、貴女は村人のためにも早く火を消し行くよう強く主張したと。他の者達からも、貴女の態度は立派だったと聞きました。ただ、最後の最後で貴女はやり過ぎてしまったようね」
レイラの発した『最後の最後でやり過ぎた』という言葉に、レイリアは嫌な予感を抱えながら尋ねた。
「あの、お祖母様。私が倒れた後、あの場所はどうなったのでしょうか?」
「パゼル山は、貴女のせいでほぼ半分が氷漬けになりましたよ」
「えっ!?」
予想以上に広い範囲が凍った事にレイリアは驚きの声を上げたが、すぐ目の前にレイラがいたため、慌てて口をつぐむと表情を取り繕った。
「驚く事はありません。貴女の残りの魔力が全て氷魔法となったのですから、あの位は凍るでしょう」
淡々とそう述べるレイラとは対照的に、レイリアは自分の魔力量の多さに動揺していた。
山火事を消しに行った時点でのレイリアの魔力量は、午前中にあったレイラによる魔法の特訓のせいもあり、半分より少し多いくらいだった。
それにもかかわらず、パゼル山が低い山だったとはいえ、その半分を残っていた魔力で凍らせてしまったのだ。
(今回は何とか魔力の暴走を抑えながら魔法を使えたけれど、もし魔力が沢山ある時に魔力が暴走したら、今の私じゃ抑え切れなくて、きっと魔力を暴発させてしまう…)
そう考えたレイリアは、魔力が暴発した場面を想像してしまい、自分の魔力が恐ろしくなった。
一方、そんな事をレイリアが思い悩んでいるとは知らないレイラが、レイリアに厳しい視線を向けた。
「それにしても貴女、一体何を考えてあの様な魔法の使い方をしたのかしら?」
「あの様な魔法の使い方とは?」
「手持ちの魔力を全て注ぎ込んで魔法を使うなど、普通はしませんよ?」
明らかにレイリアを批判する口振りのレイラに、レイリアはムッとなりながら反論した。
「好きで残っていた魔力を全部使った訳ではありません。魔力が暴走したので、暴発を食い止めるために仕方無くあの様にしただけです」
「貴女、まさか自分が魔力の暴走を起こしたとでも思っているの?」
怪訝な顔で尋ねてきたレイラに、レイリアはコクリと頷いた。
「はい」
「貴女のあの魔法は、魔力の暴走ではなくてよ?」
「そうなのですか?でもハーウェイ家の家令のノーマンが魔力の暴走だと…」
「魔力が暴走すれば、自分の意思で魔法を選んで使うことなど出来ません。ですが貴女はあの場で氷魔法を選んで使ったのでしょ?そうであれば、パゼル山を凍らせたのは貴女の意思です」
驚いたレイリアは瞬きを繰り返した。
「私の意思?」
「えぇ。貴女が氷魔法を使う時に、全ての魔力を使いたいと望んだからこそ、貴女の魔力は全て氷魔法として発動したのです。こうなった事に、何か心当たりはないかしら?」
レイラに言われ、レイリアは魔力の流れがおかしくなり始めた時の事を思い出しすと、
「あっ!」
と声を上げた。
「心当たりがありそうね」
問いただすような口調のレイラに、レイリアは項垂れながら口を開いた。
「その…。元々はウィルを…、グレナ伯爵を驚かそうと思って、火の着いている所をまとめて一気消してしまおうと思ったのです。でもその時に、少しだけ、今ある魔力を全部使って氷魔法を唱えたらどうなるのかなぁ、と思って…」
レイリアの話を聞いたレイラは、
「はぁ〜っ」
と大きなため息を吐くと、こめかみに手を当てた。
「貴女はどうして、そういうどうしようもない事を思い付くのかしら…」
「でも思っただけで、実際にやるつもりはありませんでしたよ?」
「魔法は使う者の意思によって形を変えてしまうの。貴女がそう思った時点で氷魔法は発動範囲を変えてしまったのよ」
「そんなぁ…」
レイリアはそう言うと一瞬言葉を失ったが、すぐに続けて話し始めた。
「でも、魔力の流れがおかしいと気が付いた時に、魔力の流れを止めようとはしたのです。それなのに止まらなかった…。魔法が私の意思で形を変えるのならば、どうして魔力の流れは私の意思に反して止まらなかったのでしょうか?」
レイリアからの問い掛けに、レイラは小さな吐息を一つ漏らすと、呆れ顔を向けてきた。




