第百八話 魔法だから出来ること11
身体の中の魔力を順調に水の魔力へと変えながら魔力玉へ送り出せば、魔力玉はすぐに大人の頭くらいの大きさになった。
水属性の魔力作りにだいぶ自信が付いてきたレイリアは、お陰で心に少し余裕が出来た。
そして、少し出来た心の余裕の片隅で、レイリアはふと思ってしまった。
(もし今ある魔力を全部使ってこの山を凍らせたら、どれくらい凍らせられるんだろう?)
それがいけなかった。
レイリアの一瞬の望みが魔法の発動を上書きし、その望みを実現させようと身体中の魔力が水の魔力へと変わり、魔力玉に向けて急激に集まり出した。
だがレイリア本人は軽い気持ちで何となく思っただけで、実際実行するつもりはもちろん無かった。
(あれ?何かおかしくない?)
レイリアが魔力の流れの異変に気が付いたのは、本来必要だった量の魔力玉が出来上がったにもかかわらず、身体の中の魔力が魔力玉へと流れていたからだ。
驚いたレイリアが、身体の中から流れ出て行く魔力を止めようとするが、魔力の流れは止まらない。
レイリア本人の意志に反して身体から流出していく魔力達は、やがて水の属性を表す青色を帯びながら、どんどんと魔力玉へと集まって行く。
何が起こっているのかも、どうすれば魔力の流れを止められるのかも分からないレイリアが焦る中、青い魔力玉はやがて両手で軽く抱えるくらいの大きさにまで膨れ上がった。
「ねぇレイリア。いくら何でもその魔力量は多過ぎると思うんだけど?」
やり過ぎじゃないかと暗に批判めいた言い方をしてきたウィリスに、レイリアは困り顔を浮かべた。
「止まらないの」
「は?」
「魔力が体から勝手に流れ出てきて、止まらないの。どうしよう…」
不安を滲ませたレイリアの声に、ノーマンの焦る声が応えた。
「まさか、魔力暴走では?」
ノーマンがそう言った途端、背後にいる人々がざわつき始めた。
「魔力暴走!?」
「魔力暴走だと!?」
「早く逃げろ!」
「巻き込まれるぞ!」
その声と共に、人々が走り去る音が聞こえてくる。
「ねぇ、ノーマン。魔力暴走って何!?」
どう考えても背後にいた人々がレイリアの近くから逃げ出しているとしか思えない状況に、レイリアの不安が一層高まる。
「魔術士が自分の魔力を操れなくなる事です。そうなりますと、多くの魔術士は、魔力切れを起こすまで魔力を暴発させてしまいます」
「暴発!?」
「止める方法は?」
ノーマンの説明に、レイリアの驚く声と、ウィリスの冷静な声が重なった。
「魔力が尽きるまで魔法を使い続ければ良いと聞いた事があります」
「だったらレイリア。このまま一気に山火事を消そう」
「そ、それでも魔力が無くならなかったら?」
更に大きくなった魔力玉を抱えながら、レイリアが不安感たっぷりにウィリスへ尋ねた。
「山中凍らせればいいよ。ビシェ村の人達は驚くかもしれないけど、僕は凍った森は季節外れの雪景色みたいで、結構気に入ったしね」
何でも無いことの様にウィリスはさらりとそう言ってのけると、ニヤリと笑んだ。
その笑みは、まるで悪巧みでも企んでいるかの様な笑みで、レイリアは思わずとクスッと笑ってしまった。
するとどうだろう。今までレイリアを襲っていた不安感が随分と薄らいだ。
「領主様が気に入ったと仰って下さるのなら、ご期待通り、遠慮無く山中凍らせてみせようじゃない!」
レイリアは明るくそう言うと、自らの意志で魔力を魔力玉へと流し始めた。
青い魔力玉は、今までの倍近い早さでみるみる大きくなって行く。
その非常識な大きさとなった魔力玉を前にしながら、レイリアはウィリスへ命じる様に言った
「ウィル。ノーマンとルッジを連れて私から出来るだけ離れて!」
「レイリアだけを残しては行けないよ。僕は責任者だから、結果を見届けないと」
「でも、万が一ここでこの魔力が暴発したら、皆んな怪我しちゃう!」
「だったらノーマンとルッジだけ下がらせる」
ウィリスがそう答えると、すかさずノーマンが
「旦那様を置いて逃げ出す訳にはいきません」
と言い、ルッジがそれに続いて
「盾になれと言われているんで、盾になりますよ」
と苦笑いを浮かべて言った。
「そういう訳だから、僕ら三人の命運はレイリアに託すよ。頑張れ、レイリア!」
にっこりとあざとい笑み付きで応援してきたウィリスに、いつもならその笑顔を愛らしいと思うレイリアも、今は酷く憎らしく感じ、ヒクヒクと頬を引き攣らせた。
「私は離れるよう忠告したわよ!?それでもここにいるなら、もうどうなっても知らないから!」
「構わないよ。僕は僕の意志でここにいるだけだから。それに僕は、レイリアが失敗するなんて思ってない」
『信じてるから』
無言で見つめてくるその漆黒の目が、そう語る。
それが分かったレイリアは照れ臭くなり、ウィリスから急いで顔を逸らした。
そして、覚悟を決めて言った。
「分かったわよ!私が頑張れば良いんでしょ!」
照れ隠しにわざとぶっきらぼうにレイリアは言うと、神経を魔力玉へと集中させた。
魔力の暴発を防ぐためにも、早く自分の中の魔力を使い切らなればという焦燥感と、絶対に失敗出来ないという使命感を抱えたレイリアは、今や両手両足を広げた大人がすっぽり入るくらいの大きさにまでなった魔力玉に、自分の魔力をひたすら送り続けた。
そして、自分でも魔力切れを起こしそうだと分かるくらいまで魔力を注ぎ込み続けた頃、とうとう勝手に流れ出していた魔力の流れが止まった。
既に意識がぼんやりとしてきた中、レイリアは自分自身に鞭を打ちながら叫んだ。
「イクロス!」
呪文を唱え、超特大サイズの魔力玉を炎へ向けて投げ込めば、魔力玉の行く手にある炎は勢いを落とし、触れてもいない周囲が凍り始めた。
そして、魔力玉が地面に触れた瞬間、物凄い早さで氷が炎と森を飲み込み始めた。
ただ、レイリアが記憶している景色はここまでで、その後はレイリアの名を呼ぶウィリスの声が聞こえたところで、レイリアの意識はぷつりと途切れてしまった。
日付が変わって新たな日を迎えたばかりのパゼル山は、こうして西側を中心としたそのほぼ半分が氷に閉ざされた。




