第九話 少年と少女9
レイリアとウィリスがゼピス邸へと戻ると、王国筆頭騎士のカルバール伯爵アージェ=フェリムスの次女、セラが既に到着していた。
セラはレイリアとウィリスより五歳年上の十八歳で、結婚適齢期の貴族の子女ではあるが、幼い頃より剣術一筋の人生を歩んでおり未だ独身だ。
剣術の腕前に関しては、建国祭の催し物の一つである国王主催の剣術大会において、昨年はなんと準優勝を飾っており、今年の剣術大会の優勝候補の一人として、早くも名前が挙がっている程の実力者だ。
また、現在は軍役に就き、王都リシュラスの港湾地帯であるラシール地区の守備隊に配属され、一個小隊を率いる中尉として活躍している。
しかも、守備隊の紅い軍服をその身に纏った漆黒の切れ長の瞳と短髪のセラの姿は、その辺に居る男達よりもずっと凛々しく、貴族の子女の中には彼女の追っかけまでいるという噂もある。
実際、レイリアとウィリスの通うノイエール学園の女子生徒の中にもセラのファンは多い。
「セラ姉様、ご機嫌よう!私、セラ姉様にお知らせしたい事があるの!」
セラの待つ応接室へと飛び込んできた挙句、挨拶もそこそこに話し出そうとするレイリアを、セラが笑いながら制止した。
「ふふふ。レイリア、ご機嫌よう。でも、少し待ってくれる?あなたが私に会えて喜んでくれるのは嬉しいのだけれど、もう少し落ち着いた方が良いわよ。後ろの誰かさんの目が怖いから」
セラの忠告に顔を引きつらせたレイリアの後ろで、ウィリスが硬い表情を崩さぬまま紳士としての略礼を執った。
「ご機嫌麗しゅうございます、セラ様」
「ご機嫌よう、ウィリス」
「ただ今のレイリアの不躾なる振る舞い、申し訳ございません」
「あら、貴方が謝る必要は無いと思うのだけれど?」
「いいえ。そばにいたにも関わらず、レイリアを止められなかった責任が僕にはありますから」
そう言って再び軽く頭を下げるウィリスに、セラが呆れた様な顔を向けた。
「ほんと、ウィリスは相変わらず頭が固いわねー。別に私相手にそこまで畏まらなくてもいいって、いつも言っているのに。いつになったらこの子は私にも懐いてくれるのかしらぁ?」
「しょうがないわ?ウィルは人見知りさんなんだもの」
レイリアはクスクスと笑いながら、セラの対面のソファへと腰を掛けると、用意されたティーセットで紅茶を淹れ始めた。
レイリアとカイの母のシェリアは、レイリアが六歳の時に病気で亡くなった。
その母は、紅茶を淹れるのがとても上手だったらしく、レイリアは母の面影を追いかける形で紅茶に興味を持ち、今ではレイリアの淹れる紅茶を誰もが美味しいと褒めるほどになった。
三人分の紅茶を用意したレイリアが、セラと、当たり前の様に自分の隣に座ったウィリスと、そして自分の前へとカップを運ぶ。
「頂くわ」
ソーサーを左手にし、カップを右手で口許へ運ぶセラの姿は、何とも惚れ惚れするほど凛々しい。
「相変わらず美味しいわね、レイリアの淹れてくれた紅茶は」
フワリと優しい笑みを浮かべたセラに、レイリアは同じ女性ながらも少しドキリとしてしまう。
だが隣にいる少年の冷めた口調が、レイリアの幸せな気分をぶち壊してきた。
「当然ですね。あれだけ沢山の茶葉を無駄にして紅茶を淹れる練習をしていたんですから。そうで無ければ無駄にされた茶葉達が可愛そうです」
「文句があるなら飲まなくて良いわよ?」
レイリアがウィリスを軽く睨むものの、ウィリスは全く意に介さずの体で、優雅に紅茶を一口含み飲み込んだ。
「この紅茶の味に対しては何の文句も無いよ。ただ、散々実験台にされ続けた僕の尊い犠牲の上に、この味が生み出されているという過去を忘れないで欲しいだけだよ」
澄まし顔で再びカップを口に運ぶウィリスに、セラが声を掛けた。




