第百五話 魔法だから出来ること8
夜の山道を、松明を持った人々が二頭の馬を引き連れながら歩く。
その二頭の馬上には、それぞれルッジとウィリス、ノーマンとレイリアが乗っていた。
レイリアが夜道の移動にと二日前に覚えたばかりの明かりを灯す光魔法『ルエーナ』を使う事を提案したが、
「火災現場に着くまでは出来る限り魔力を温存する方が宜しいかと思います」
というノーマンの進言により、徒歩の人々は松明を持っての移動となった。
グレナ伯爵邸のパーティーから直接連れてこられたレイリアは、ドレスの上から薄手のコートを着ているとはいえ、やはり夜の寒さには耐えられず、コートの上から借り物のフード付きのマントを羽織っていた。
このマントを借り受けた際にウィリスから、
「その髪型だと首元が寒いと思うから、外に出たらフードをきちんと被るんだよ」
と言われていたレイリアは、実際外に出てその寒さが身に染みたため、しっかりとフードを被っていた。
暗い森の中の道を進む一行の目に、上空を赤く染める光が見えてきた。
「ここら辺からは歩いた方がいいかもしれませんねぇ」
山道を先導していたビシェ村の村人の言葉に従い、馬上の四人が地面に降りた。
そこから先は全員徒歩だ。
前後に人を従えたウィリスとレイリアが、列の真ん中を並んで歩く。
段々と赤い光が森の奥にも見え始めた頃、レイリアが隣を歩くウィリスへ囁くように言った。
「あのね、ウィル。ウィルは火事の現場に着いたら、絶対に私より前に出たら駄目よ」
「え?何で?」
小首を傾げるウィリスへと、レイリアは諭すように言った。
「もし火が襲ってきても私なら魔法で何とか出来るから良いけれど、ウィルは火傷するかもしれないから危ないでしょ?」
その言葉対してウィリスは少しの沈黙の後、静かにこう答えた。
「僕の今までの経験上、レイリアを問題事の前面に出して良かった事って殆ど無いから無理」
この拒否理由に、もちろん納得がいかないレイリアの口から低い声が漏れた。
「…は?」
「だからレイリアが前にいると、僕の心配事が増えて、精神衛生上悪いから受け入れられないって言ってるんだ」
「何よその理由!?」
「とにかくこの場は僕が責任者だからね。僕の言うことが聞けないならこのまま村に帰るよ?」
ウィリスから軽い威圧感を伴ってそう言われてしまえば、レイリアも立場上従うしかない。
「……」
無言のままレイリアはウィリスを軽く睨みつけると、ツイっと正面へ顔を背けた。
火災現場が近づくにつれ、焦げ臭いにおいが漂うと共に、時折生温い風が肌を撫でていく。
更に火元を目指して森の奥へと進めば、鼻につく臭いもきつくなり、肌に感じる熱も高くなってきた。
そんな中を革のマントと薄手のコートの二枚重で歩いていたレイリアは、じんわりと汗ばんできたので、一番上に羽織っていたマントを脱ぐ事にした。
レイリアがゴソゴソとマントを脱ごうとしていると、隣を歩くウィリスが不意に呼んできた。
「レイリア」
「何?」
「暑いのかもしれないけど、そのマントは脱がないで欲しい」
「何で?」
「そのマントは燃えにくい素材で出来てるから、火の粉くらないなら飛んできても身を守れると思う」
ウィリスから淡々と説明されたマントの性能に驚いたレイリアは、脱いだばかりのマントをウィリスへと突き出した。
「それなら私じゃなくて、ウィルが着るべきでしょ!」
だがウィリスは突き出されたマントを押し返してきた。
「僕は大丈夫。いざとなったらルッジを盾にするから」
ウィリスが後ろを歩くルッジをチラリと見れば、ルッジは仕方ないといった顔で言った。
「まぁ、従者兼護衛ですからね。ウィリス様に危険が迫れば身を挺してお守り致しますよ」
「ルッジを盾にするくらいなら、これ着てよ!」
再びマントを押し付けるレイリアに、ウィリスがしょんぼりとしながら呼び掛けてきた。
「レイリア」
先程までとは違った様子のウィリスに、レイリアが戸惑う。
「何よ?」
「僕はもう、君が怪我をするところを見たくないんだ。この間みたいな事はもう嫌なんだよ。だからこのマントはレイリアに着てて欲しいんだけど、それでも駄目かなぁ?」
上目遣いで悲しげにウィリスが頼み込めば、レイリアは一瞬目を見開き、それからすぐにウィリスから目を逸らせた。
「分かったわよ。私が着ていれば良いんでしょ!」
レイリアは投げやりにそう言いと、コートの上から再びマントを羽織った。
その横でレイリアの様子を見ていたウィリスがフッと笑った。
(相変わらず、ちょろいな)
いつまでこのやり方が通じるか分からないが、使える内はこの方法でレイリアに言う事を聞かせるしかないなとウィリスが改めて思っていると、前方から誰かの大きな声がした。




