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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第百話   魔法だから出来ること3

 グレナス山脈の峰の一つ、パゼル山の麓の山林は、今やかなりの部分が赤い炎に包まれていた。


 そこから一番近いビシェ村は、普段は林業と酪農を中心としたのどかな村であるが、今は山火事へと対応するため、村中が喧騒けんそうに包まれていた。


 そして村長の屋敷の応接室では、領主であるウィリスとハーウェイ家の家臣団、レイラ率いるゼピス家の関係者、そしてビシェ村の村長以下数名の村人代表者が話し合いを続けていた。


「思った以上に火が広がっているわね」


 テーブルの上に広げられたパゼル山が含まれたビシェ村周辺の地図を目にしながら、レイラが厳しい表情を見せている。


 山火事の第一報が領都グレイベラにあるグレナ伯爵邸へもたらされた時には、その範囲はパゼル山の南側のみとされていた。


 しかし、今地図に記されている山火事の発生箇所は、パゼル山の南側だけではなく、東側にまで広がっていた。


「南西の風が非常に強く、どんどん東へと火が広がっている状態でして…」


 救国の英雄たるレイラを前に緊張しながら、ハーウェイ家の家臣の一人が答えた。


「現在当家の魔術士を一名先行させていますが、これでは焼け石に水ですね」


 レイラの隣にいるウィリスもまた、地図を見ながらその表情を険しくさせた。


「そうねぇ。これ程の広さの火災となると、二十人くらいの魔術士が必要でしょうねぇ」


 普通なら、という言葉を滲ま《にじま》せたレイラへ向けてウィリスが言う。


「でしたら、レイラ様とカイ殿のお力をお借りするだけで充分対応出来ますね」


「あらやだ、貴方、いつからそんなおだて上手になったのかしら?」


「本心ですよ」


 にこりともしないでそう口にしたウィリスへ、レイラが

「伯爵からそこまで高い評価を頂けるなんて嬉しいわ。ふふふ…」

と笑う。


 その様子を部屋の端からカイと一緒に眺めていたレイリアは、羽織った薄手のコートの下で、ぞわぞわと両腕に鳥肌を立てていた。


「ねぇ、お祖母様のウィルへのあの態度、いったい何なの?」


 カイへコッソリとささやいたレイリアへ、カイも声を落とす。


「お前だって知ってるだろ?ウィリスはお祖母様のお気に入りなんだよ」


「それは知っているけれど…。でも、いくら何でも実の孫に対する態度と違い過ぎじゃない?」


「言う事を聞かない可愛くない孫と、言う事を聞く美少年の差だろ」


「その可愛くない孫って、私の事?」


「お前以外、お祖母様の言う事を聞かない孫なんていないじゃないか」


 レイラには孫が四人いる。


 息子ファウスの子供であるカイとレイリア。


 フォーン侯爵夫人である娘アイリーンの子供であるルルーシアとディレイだ。


 今や皇太子妃となったルルーシアはカイより三歳年上で、フォーン侯爵家の跡取りたるディレイはカイより二歳年上だ。


 ルルーシアとディレイは昔からレイラに良くなついていた。


 ただレイリアは、彼らが祖母に懐いているのは、彼らが魔力を持たないため祖母の理不尽りふじんなしごきにあわなかったからだと思っている。


(私だって、魔力が無ければもう少しお祖母様と仲良くやっていけたはずなのに…)


 レイリアがそんな風に思った事は一度や二度ではなかったが、魔力を持つカイとレイラの関係性は悪くないため、実際には相性の問題もあった。


 何せレイラとレイリアの性格は、勝気で男勝りな上、強情な部分がそっくりだ。


 この二人の場合、似た者同士が相反発し合っている状態なのである。


 唯一似ていない所は、レイラが目的の為ならば手段を選ばず実行してしまえるだけ力と冷徹さを備えている点であろう。


 レイリアには、そこまでの力はもちろんの事、冷徹さに至ってはほとんど無い。


 微妙に異なる性格を持ったこの祖母と孫娘は、今や出来る限りお互いに関わり合いを持たないようにするという着地点をもって、その関係性を維持している様に、周りには見えていた。


 そんなレイラが、レイリアの目の前で血の繋がらないウィリスを可愛がっている。


 そのレイラの姿に、レイリアは祖母らしく無い態度に対する薄気味悪さと、ほんの少しの寂しさを感じていた。


 やがてレイリアの隣にいたカイもテーブルへと呼ばれ、これからの予定が話し合われた。


 その結果、レイラとカイは山の南側と東側とに分かれて消火活動を行う事となった。


 話し合いが終了すると、ようやくレイリアはレイラのもとへと連れて行かれた。


「では伯爵、申し訳ないのだけれどこの子は役に立たないし、邪魔になるからここへ置いて行っても良いかしら?」


「それは構いませんが…」


 戸惑う様なウィリスの声に、レイリアの甲高い声が重なった。


「邪魔ぁ!?」


「そうでしょう?貴女、まともに魔法が使えないのだから」


「……」


 レイラに対し、それならば何故自分をここへ連れてきたのかという疑問と、もう少し優しい言い方をして欲しいという不満を抱えたレイリアがすっかりむくれていると、カイがレイリアの肩に軽く手を置き小声で言った。


「お祖母様は一緒に行っても危ない目に遭うだけだろうから、レイリアは安全なここにいろと遠回しにおっしゃっているんだ。分からないか?」


 分かるわけが無い。


 レイリアの耳にはレイラの言葉は全くそんな風には聞こえなかったのだから。


「だったら、そう仰おっしゃって下されば良いのよ」


「お前の為だよ。ゼピスの人間なのに魔法がほとんど使えないなんて、周りから見たら単なる役立たずだ。それを先にお祖母様がああいう嫌味いやみな言い方をしておけば、お前に同情が集まる。そうすればお前がここに残る事に、誰も文句は言ってこないだろ?」


「……」


 兄の言い分はもっともなのだが、あの祖母がそこまで気を回してくれているとはレイリアにはとてもではないが思えなかった。


「カイ、行きますよ」


 孫達が何を話しているかなど全く興味が無さそうなレイラが、カイを急かしてきた。


「すぐに参ります、お祖母様」


 即座にレイラへとカイは返事をすると、レイリアをウィリスの前へ押し出してきた。


「それじゃ、こいつの事を頼むな」


 レイラへの対応とは違い、まるで動物の世話でも頼むかの様に軽い口調でカイは言うと、さっさとレイラの元へと行ってしまった。

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