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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第九十九話 魔法だから出来ること2

「ノーマン。どうかしたのか?」


 顔を上げたウィリスが男性の名を呼ぶと、ノーマンがウィリスへと軽く頭を下げた。


「旦那様、ご歓談中申し訳ございません。是非妻がゼピス家の御令嬢へご挨拶を申し上げたいと望んでおりまして…」


 ハーウェイ家を支える若き家令であるノーマン=リッツが、妻の希望をあるじであるウィリスへと申し立て終える前に、レイリアは椅子から立ち上がってノーマンの妻の名前を呼んでいた。


「レイチェル!」


「お久しゅうございます、お嬢様」


 大きなお腹を抱えた二十代後半の女性が、微笑みながらレイリアの前に進み出て淑女の礼をとってきた。


 レイチェルはレイリアが九歳の時までレイリアの侍女を務めていた女性で、ゼピス家の家令であるオーウェン=ロッソの娘だ。


「えぇ、本当に久し振りね!元気だった?」


「はい。お嬢様はお変わりありませんか?」


「変わったように見える?」


 おどけたように答えたレイリアへ、レイチェルが首を振った。


「いいえ、全く、これっぽっちも変わったように見受けられません。ですので非常に不安です」


 いきなり投げかけられた嫌味に、レイリアの眉間にしわが寄った。


「どういう意味よ?」


「お嬢様についてはこの地にいるわたくしでさえも色々と耳に致しますが、相変わらず令嬢としての諸々(もろもろ)が欠けていらっしゃるようですので非常に不安です、という意味です」


 相変わらずレイリアに対して辛辣しんらつな物言いのレイチェルに、レイリアは頬を引きつらせながらノーマンを見た。


「ねぇ、ノーマン。あなたこんな毒舌な人を奥さんにして、本当に幸せなの?」


 昔から口を開けばレイリアを叱るか嫌味を言ってきていたこの元侍女を妻としたノーマンへ、レイリアは微妙な敬意とあわれみを込めて問い掛けた。


 するとノーマンは苦笑いを浮かべながら、

「ご心配頂き恐縮ですが、私も妻もお陰様で幸せな毎日を送っておりますよ」

と、返してきた。


 そこへすかさずレイチェルが口を挟んできた。


「夫はお嬢様と違って非の打ち所がございませんから」


「なにそれ。遠回しにわたしは欠点だらけって言いたい訳?」


「まぁ!わたくし、そこまではっきりとは申し上げておりませんよ?」


「今言ってるじゃない!」


 レイリアがいきどおりながらそう言うと、レイチェルが真面目な顔を向けてきた。


「そう思われるのでしたら、もう少しご自身の言動に注意を払われませ。お嬢様は、良くも悪くも多くの方から注目を集めてしまわれる存在なのですから」


「……」


 レイチェルの真っ当な指摘に、レイリアは思わず黙り込んだ。


「今はお嬢様のおそばから離れた身ではございますが、私がお嬢様の事を案じない日は今尚いまなおございません。どうぞ御身おんみを大切に、くれぐれも無茶や無謀な事をなさいませんよう、お願い申し上げます」


 そう言ってレイチェルが深々とレイリアへと礼をると、その隣でノーマンがレイチェルをいたわるように言った。


「妻は先日のリシュラスでの事件以来、旦那様の事は元より、レイリア様の事も非常に案じておりました。本来であれば身重みおもでございますし、この様な場への出席は控えるべきなのですが、どうしてもレイリア様にお会いしたいと申しまして、こうして連れて参った次第です」


「レイチェル…」


 元侍女の心遣いにレイリアが感動していると、そこへハーウェイ家の執事であるフォーナム=トイットが硬い表情でレイリア達の元へやってきた。


「旦那様、申し訳ございませんがノーマンと共に少々お時間を頂けませんか?」


「フォーナム、何かあったのか?」


 トイットの様子に何事かを感じ取ったウィリスが声を掛けると、トイットは声を落とし、

「ここでは少々はばかられる内容でして」

と告げてきた。


「ごめん、レイリア。ちょっと席をはずすね」


「えぇ、いってらっしゃい」


 軽い口調で手をヒラヒラさせるレイリアに見送られ、ウィリスはノーマンを引き連れてその場から離れていった。


 会場となる部屋から廊下へと出たところでトイットから報告を受けたウィリスは、その報告内容に顔をしかめた。


「山火事?」


「はい。どうやら炭焼き小屋から火が出たようです」


「消火作業は?」


「もちろんおこなっておりますが、かんばしく無いようです」


「うちの魔術士は?」


「一名は向かわせました」


「もう一人いるはずだろ?」


「一名は旦那様の護衛です。外すわけには参りません」 


「だったら一人で足りると?」


「恐らくは足りないかと」


 トイットの報告から、ノーマンは家令としてウィリスへ進言した。


「警備隊へ魔術士の派遣を依頼しましょう」


「分かった。そうしよう」


 ノーマンの提案にうなずいたウィリスが、ルタルニア王国軍グレナ警備隊へ魔術士の派遣を依頼しようと執務室へ向かいかけた時だった。


「お待ち下さい、グレナ伯爵」


 威厳を備えた女性の声にウィリスが振り向くと、そこにはレイラとカイが立っていた。


「悪いな、ウィリス。聞くつもりはなかったんだがたまたま聞こえてさ。内容が内容だったからお祖母様を呼んだんだ」


「警備隊へ魔術士の派遣を要請する必要はありません。私達が参りましょう」


 カイとレイラはそう話しながら、ウィリス達の元へと歩み寄ってきた。


 レイラ達からの提案はグレナの領主として非常に有難いものだった。


 なにせ国を代表する二人の偉大な魔術士が、領地のために助力してくれるというのだ。


 だが、ウィリス個人としては心苦しい申し出であった。


「大変有り難いお話ですが、賓客ひんきゃくたるお二人にその様な事をお願いするわけには参りません」


 ウィリスの丁重な断りに対し、レイラはウィリスへと諭すように言った。


「グレナ伯爵、私達はルタルニア王国の魔導士です。国に災いある時、私たちは国軍同様、その対処につとめなければならない義務を負っています。グレナ領で火災が起こったのであれば、その対処もまた私達に課せられた責務の一つなのですよ」


 レイラにそこまで言われてしまっては、ウィリスとしても断るわけにはいかない。


「分かりました。レイラ様のお申し出、有り難く受けさせて頂きます」


 ウィリスはそう言うと、ノーマンとトイットと共に、レイラとカイへ向けてこうべを垂れた。

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