3:バンニップ狩り
3:「バンニップ狩り」
暗渠内の床には、数センチの深さまで水が溜まり、砂混じりの泥が堆積していた。
「潮臭さと泥の混じったような臭いがするだけで、あまり臭くないな……」
「雨水や、河川の洪水制御用の排水路だからな、下水は流れ込んでいないのだろうさ」
彩音の言葉に、京子も声を潜めて返す。
暗渠トンネルはほぼ直線的な造りであったが、入り口から数十メートルも進むと外の光は届かず、ヘッドランプだけが頼りだ。
つなぎ姿の二人が水溜まりを歩むパシャパシャという足音が、レンガ積みの壁に反響する以外に物音も聞こえず、ランプの丸い灯りが届く範囲に、動くものの姿はない。
やがて、水溜まりが途切れ、泥が盛り上がっている場所にやってきた。
「……おい、これを見ろ!!」
ヘッドランプで足元を照らしながら、京子が押し殺した声を出す。
足元に堆積した砂混じりの泥の上に、巨大な足跡が刻み込まれていた。
「少なくとも、ドブネズミの足跡ではなさそうだな……」
砂泥の上にクッキリと刻まれた巨大な足跡は、これまで見たことのないものであった。
形は、ネコの足跡に似ているが、大きさは十倍以上、そして、爪が異常に長いのが見て取れる。
「彩音、武器の用意を……」
「承知!!」
肩から吊っていたフェデロフ小銃を構えた二人は、前方に最大限の注意をはらいつつ、暗渠の奥へと探索を進めてゆく。
ギルルルルルッ!!
暗渠トンネルの半ばあたりまで来たところで、トンネル内に不気味な唸り声が響く。
まだ姿は見えないが、尋常でない殺気が、闇の奥からひしひしと伝わってくる。
「お出ましだぞ……彩音、結界、張れるな?」
「おうさ!! 任せろ!! …………張ったぞ!! 十五秒以内に仕留めるぞ!!」
真田彩音の異能は、外部からの物理衝撃のみならず、毒ガスや炎の熱さえも防ぐことができる、強力な防御結界術だ。
それも、外部からの攻撃は弾きつつ、内部からの攻撃は一方的に透過できるという、理不尽な性能のものである。
ただし、展開範囲は身体の周囲、直径二メートル程度、結界の有効展開時間も十数秒程度と、持続性には乏しい。
さらに、一度展開すると、再度展開まで数時間のインターバルが必要になるため、使いどころを見極める必要がある能力であった。
必勝の布陣を固めた二人が、古代猛獣討伐を始めようとしたその時……。
「グブルルルルッ……」
正面の闇の奥から聞こえてくるのと同じような唸り声が、背後からも迫ってきた。
「なんだと!?」
素早く背後に向き直り、銃口を向ける京子であったが、まだバンニップの姿は見えない。
「一匹じゃなかったんかいッ!?」
思わず、関西なまりになってしまいながら、顔を引きつらせる彩音。
「背後の奴は任せろ!!」
京子と彩音は、背中合わせで、前後から迫る古代猛獣を迎え撃つ。
(ランプの光が届く間合いには入って来ないか……彩音の結界の時間制限もあるし、探り撃ちでやるのは不利……ならば!!)
瞬時に判断した京子は、その手元に、ダイナマイトのような形状をした照明トーチを二本召喚して素早く点火すると、前方と後方に投げた。
シュウウゥゥゥ~ッ!! と手持ち花火のような燃焼音を立てながら、水中でも燃焼するタイプのトーチから噴き出た赤っぽい光が、半径数メートルほどの範囲の石壁と泥土を照らし出す。
「彩音、見えたら撃ちまくれ!!」
「オウッ!!」
待つほどのこともなく、紅い光の中に、古代猛獣がヌラリ、と姿を現した。
その姿は、ネコ科の肉食獣というよりは、頭でっかちな熊のようであった。
何よりも目立つのは、上あごから突き出た、長さ三十センチはあろうかという、二本の牙。
「往生せえやぁ~!!」
バンニップの姿が見えた瞬間、関西なまりの怒鳴り声を上げた彩音は、肩付けしたフェデロフ小銃を発砲する。
バババババキイイインッ!!
切り替え装置が連射にセットされていた自動小銃は、秒間十数発の速度で小銃弾を撃ち出した。
トーチの炎より明るい発砲炎が暗渠を照らし出し、十数メートル先に居た古代猛獣の身体に数発の銃弾が着弾して、体毛の破片を飛び散らせる。
「うわッ!!」
フルオート連射の反動に慣れていなかった彩音はバランスを崩し、足元の泥に滑って仰向けに転倒してしまう。
転倒した拍子に、フェデロフ小銃も水溜まりに落ちて、泥水を被ってしまったようだ。
「すまん京子!! 仕留めそこなった!!」
浅い水溜まりの中に仰向けにひっくり返ったまま声を上げる彩音。
「結界、まだ維持しているな?」
「維持してる!! ……あと十秒足らずだが……」
「ならば大事ない!! どのみち、小銃で仕留めるのは大変そうだ!! 動くなよ!!」
泥の上に倒れた彩音の腹の上に騎乗位でまたがった京子は、異能の力を行使して、その手元に新たな武器を召喚する。
身体の前に、赤子でも抱きとめるかのような姿勢で差し出された京子の腕の周囲を、青白く光る霧のが渦巻きながら包み込だ。
霧の中から、ズシリ!! と過剰なまでの重量感を感じさせて出現したのは、直径十数センチ、長さ一メートル半ほどの、鉄パイプを思わせる火砲であった。
「そんなものを、ここで撃つのか!?」
「だから動くなと言っている!!」
文字通り、尻に敷かれた状態で問いかける彩音に鋭い声で命じた京子は、前後から迫ってくる古代猛獣に、無反動砲の砲口を向けた。
砲口が向いているのは、距離が遠い方のバンニップ。
「おっ、おいっ!! 逆だ、逆ッ!! 近い方を撃てッ!!」
「いや、これでいい!!」
前方から迫ってきたバンニップが、大きく体を伸び上がらせ、攻撃態勢に入る。
口元から突き出た二本の鋭く巨大な牙が、暗闇の中にも関わらず、ギラリ!! と妖しくきらめくと同時に、京子は無反動砲を発射した。
ドシュウゥゥゥ~ッ!!
トンネル内の湿った空気を、噴射音で揺るがせて、太く長い砲弾が射出される。
装填されていた弾薬は、着発榴弾。
命中と同時にさく裂し、目標物を粉砕する強力な砲弾は、まるで流星のような炎の尾を引きつつ、数十メートル先のバンニップの身体に突き刺さってさく裂する。
轟ッ!! と膨れ上がった火球の中で、古代猛獣の巨体が千切れ飛ぶのと同時に、すぐ背後に迫っていたもう一体を、無反動砲の砲尾から噴き出た後方爆風が直撃していた。
他の部位よりも無防備な腹のあたりに、爆風のハンマーを撃ち込まれたバンニップは、伸び上がった態勢のまま仰向けに吹き飛び、数メートル離れた泥水の中で悶え狂う。
撃ち終えた無反動砲を、ためらいもなく投げ捨てつつ、京子は素早く立ち上がりながら振り向いた。
「こちらも仕留める!!」
鋭く言い放った京子は、肩に吊っていたフェデロフ小銃を構え、泥水を跳ね散らして暴れ狂っているバンニップに向けて、単連射で撃ちまくった。
剣銃弾とは比べ物にならない、重々しい発砲音が、トンネル内の空気を轟々と震わせ、壁面や天井にこびり付いていた土埃がパラパラと舞い落ちてくる。
(こいつ……なんて表情をしているのだ!?)
連続射撃の銃火に照らし出される京子の顔を、彩音は呆然と見上げている。
大きく見開かれた目に銃火のきらめきを映しつつ、凶暴な笑みを浮かべて小銃を撃ちまくる年下の美少女は、凄艶とも表現できそうな妖しいオーラを放っていた。
「く……ううッ!?」
低く呻いた彩音の下腹奥が、キュンッ!! と妖しく疼き、全身が火照る。
(何だ!? 何なのだ、この感情は!?)
彩音が自分の感情を理解できず困惑しているうちに、フェデロフ小銃の弾倉が空になった。
二十五発入りの弾倉を撃ち尽くした京子は、白煙を噴き上げる銃口を降ろし、フゥッ!! と大きく息を吐き出した。
「仕留めた……か?」
「……念のため、確認射撃する!!」
空になった弾倉を外し、手元に召喚した予備弾倉に付け替えた京子は、鮮血でどす黒く染まった泥水の中に倒れ伏している古代猛獣の頭部を狙い、さらに数発を撃ち込んだ。
着弾の度に頭部から煙と血飛沫が噴き上げるが、バンニップの巨体は反応しない。
「反応なし……どうやら絶命しているようだ」
彩音はゆっくりと起き上がる。
照明トーチも消え、闇が戻った暗渠の中には、濃密な血と硝煙のにおいが漂い、戦場の空気とは、こういう物か……と連想させる。
「なあ、さっき、転んだ私の上に馬乗りになったのは、アタシをかばってくれようとしたのか?」
泥水でびしょ濡れになった髪をかき上げつつ、彩音は妙にしおらしい口調で問いかけてくる。
「いや、無反動砲をしゃがみ撃ちするときに、尻を濡らしたくなかったのでな……」
サラッと言い放つ京子。
「……アタシを座布団代わりに使ったというのか!? くうぅぅぅ~!!」
悔し気に呻く彩音。
「なかなかいい座り心地だったぞ……フフフッ!!」
楽しげな含み笑いを漏らした京子の身体が、時間差で襲ってきた武者震いで、ブルッ!! と震える。
「……さて、海軍基地の警邏部に報告しようではないか! 地上では、もう騒ぎになっているかもしれないが……な?」
古代猛獣を討ち果たした京子は、トンネル出口に向かって歩き始めた。
「バンニップ狩り」完
作品書く時、風呂敷拡げ過ぎず、Vシネの予算でできる舞台設定で書くのを心がけてます。
いつの日か、Vシネのシナリオ書きたいなぁ。