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2:暗渠


2:暗渠


「……探索に入る前に、もう一度謝っておく。悪かった!! これしか思いつかなかったとはいえ、お前の父君の墓参を、海軍基地に入る理由として使ってしまった」

 護岸へと向かう林の中を歩きながら、彩音は深々と頭を下げる。

「何度謝れば気が済むのだ? 私がいいと言っているだろう? 父様の墓参といっても、遺骨も遺髪も入っていない慰霊碑だからな。実のところ、墓参しているという感覚も希薄なのだよ……」

 冷めた口調で言うと、京子は苦笑を浮かべる。

 京子の父、上総月京一郎は、海軍大将を務めた軍人であり、帝国軍特務科創設の立役者でもあった。

 一年ほど前、極秘の任務に赴いた先で何らかの突発事態に巻き込まれ、行方不明となっていたのだ。

 行方不明時の詳しい状況は極秘事項となっていて、肉親である京子にも知らされなかったのだが、行方不明から半年が経過したことで、死亡認定がなされ、帝国海軍基地内の殉職者慰霊碑にその名が刻まれている。

 慰霊碑への、形ばかりの献花を済ませた京子と彩音は、港湾施設の端にあるという排水トンネルに足早に向かい、古代猛獣が潜んでいないか調査しようとしているのだ。

(オーストラリア大陸で、入植者たちに恐れられているというバンニップ……。スミロドン(サーベルタイガーともいう)とかいう古代種の生き残りだというが……)

 歩を進めながら、京子は仕込んできた情報を脳内で反芻している。

 オーストラリアは、この百年ほど前に、開拓が開始されたばかりの、広大なる未開の大地である。

 周囲の大陸と隔絶されたこの広大な地には、はるか太古に絶滅したと思われていた古代の生き物たちが、今もなお多数生息しているという。

 それらの生物たちは、内陸部への開拓や調査を阻み、移住者たちは、港湾部周辺のごく限られた地域に城塞都市のような施設を建造して居住している。

 京子たちが探そうとしているバンニップという猛獣も、そんな、『怪獣大陸』オーストラリアから密輸されてきた古代生物なのだ。

 その特徴は、上あごから突き出た長く鋭い二本の牙。

 一撃で成牛をも屠るというその攻撃を、人間が喰らえばひとたまりもないだろう。

 実際、バンニップが密輸船から逃げ出した際にも、居合わせた不幸な船員たち数名が、この攻撃によって命を落とし、複数の遺体に、貪り食われた痕跡があったという。

(命を奪われるのももちろん御免だが、食われるのは絶対に嫌だな……)

 考え事をしながら歩いているうちに、雑木林が切れ、石積みの護岸と、その向こうに拡がる海が見えてきた。

 打ち寄せる波の音も聞こえてきて、風にも磯の香りが混じっている。

「なるほど……黒瀬訓練生の透視にあった排水トンネルというのは、あそこのようだな」

 石積みの岸壁に、黒々と開口したトンネルの中を覗き込みつつ、京子はつぶやく。

 黒瀬訓練生とは、京子たちの同期にあたる女子生徒だ。

 特務科養成所は、単なる諜報員養成学校ではない。

 常人にはない異能をもつ人材を発掘、教育、訓練し、その超常の力を国のために役立てることを目的とした特殊な教育機関なのだ。

 黒瀬訓練生も、そんな異能者のひとりであった。

 彼女の異能は、俗にいう「千里眼」。

 遠くにある物を、透視によって発見する力であった。

 ただし、能力発揮には、透視対象の触媒となる物や情報が必要となる。

 そんな黒瀬に、捜索隊に配布されたバンニップ関連の資料を見せて透視させたところ、海軍施設内の、この場所を指摘してきたのだ。

 排水トンネルは、黒っぽいレンガを組み合わせて造られた古風な構造で、幅三メートルあまり、高さも二メートルほどある暗渠が延々と続いている。

「ここはもともと、海に流れ込んでいる河の支流で、維新前には運河として使われていたようだな。それが、海軍基地拡張に伴って蓋をされ、暗渠化して現在に至る、というわけらしい」

 下調べしてきた情報を開示しながら、京子がつぶやく。

「手に入れた図面では、この暗渠の突き辺りは、開閉式の水門になっているのだったな?」

 彩音も、情報確認しながら問いかけた。

「うむ。普段は閉められているが、川が増水した際には開かれて、氾濫を防ぐ排水路として機能するらしい」

「ならば、その水門まで行ってみるか……」

「そうだな。水陸両棲ということだから、逃げ出した船からかなり離れているこの辺りにまで泳いできている可能性も十分ありそうだな」

 京子は淡々と告げながら、バッテリー式のヘッドランプをヘルメットに装着し、排水トンネル探索の準備をすすめている。

「潮の流れが逆方向だから、ありえない……などと言って、海軍は捜索への協力を渋ったらしいが、本音は。いつものような縄張り根性なのだろうさ!」

 辛辣な口調で言い放った京子は、照明用のヘッドランプを点検しながら頷いた。

 探索準備を整えている二人が身にまとっているのは、特務科養成所の制服ではなく、煙突掃除人が着るような、丈夫そうな生地でできた繋ぎの作業服であった。

 頭部にはヘルメットを装着し、足元は、防水靴の上からゲートルを巻いて、きっちりとフィットさせている。

 さすがに、このいでたちで慰霊碑に献花するわけにもいかず、京子と彩音は訓練学校の制服姿で海軍基地を訪れ、人目につかぬ林の中で、この格好に着替えたのだ。

「うむ……。港湾施設周辺はくまなく探索したようだが、海軍さんの縄張りにあたる、この辺りは探索を拒絶されたらしいからな。かの古代猛獣が潜むとしたら、ここが一番怪しいのだ」

 京子とおそろいの繋ぎを着せられた彩音は、まだ違和感を抱いているのか、着衣のそこかしこを引っ張って着心地を調整しながら言う。

(しかし……京子の奴、小生意気が服を着て歩いているような性格の癖に、下着姿になると、妙に艶めかしいのだな……)

 彩音は、着替え中に盗み見た京子の肢体を思い出し、胸の奥に妙なざわめきをおぼえていた。

 普段は髪と制服の襟に隠れていて見えない首筋の細さや、つなぎの服を着るときに持ち上げられた脚部に浮き出た筋肉の凹凸、太ももから尻にかけての、生育途上でありながら、妙に色っぽい曲線などの記憶が、脳裏に走馬灯のように浮かんできてしまう。

「真田……おい、真田!」

「あっ! すまん、少し考え事をしていた!!」

 京子に声をかけられて、ハッ!! と我に返った彩音は、少しばつが悪そうに視線を逸らしながら答える。

「さすがに徒手空拳では心もとないので、武器を用意しておこう……」

 そう言いながら差し出された京子の手が、青白く光る霧のようなものに包まれる。

「おお!! そいつがお前の異能か!? 発動するところは初めて見るな」

 興味津々で見つめる彩音の目の前で、輝く霧が何かの形を形成し、京子の左右の手に、武器が実体化する。

 これが京子のもつ異能、上総月家に代々伝わる、物体引き寄せの能力であった。

 上総月家の武器蔵に所蔵されている古今東西の武器の数々を、京子は脳内で強くイメージすることで手元に召喚することができるのだ。

「流石に二挺一度に引き寄せるのは重いな……受け取れ!」

 京子から銃を受け取った彩音は、あまり見慣れぬ形状をした小銃をざっと検める。

 それは、箱型弾倉が機関部の下から突き出た小銃で、帝国軍の正式小銃とは異なる武器であった。

「こいつは……フェデロフ小銃か!?」

「そうだ。興味が湧いたので、兵器試験科の知人に頼んで、何丁か分けてもらった」

 銃器の点検をしながら、こともなげに京子は言い放つ。

 フェデロフ小銃は、元々、ロシアで開発された先進的な小銃で、自動装てん式の連発機能に加えて、機関銃のように連射も可能な武器であった。

 使用弾薬が、帝国軍の正式小銃弾と同じものであった縁もあり、ロシアとの共同改良計画が始動。

 数度の改善、改良を経た最新型が、帝国軍の正式兵器採用の評価試験にかけられたのである。

 弾薬の消費が激しく、整備点検に手間がかかることもあって、全軍規模の大量採用は見送られたものの、瞬発的な火力のある携行火器を求めていた空軍空てい部隊と、海軍陸戦隊に少数が採用されていた。

「装弾数は二十五発だ。機構が複雑で、砂や泥水には弱いようだから、落とすなよ」

「わかった……こう……だな? 安全装置は……これか? よしッ!!」

 慣れた手つきで初弾を装填する京子を見よう見まねで、彩音も薬室に初弾を送り込み、安全装置をかけて肩から吊るす。

「で、古代猛獣を発見したらどうする? 早急に戻って、海軍基地の警邏隊に報告するか? それが一番だと、アタシは思うが?」

「私の考えは少し違うな。我ら二人で、古代猛獣を討ち取ってやろうと思う」

 彩音の提案を、即座に却下する京子。

「本気か!?」

「もちろん本気さ! 基地の警邏隊に報告したとしてだ。仔細を説明して、理解してもらって、人員を招集して捜索準備を整えるのに、どのくらいかかると思う?」

「まあ、最低でも小一時間は要するとみていいだろうな?」

 京子の問いに、彩音は応じる。

「だろう? ならば、私たちが討伐する方がずっと早い」

「それはそうだが……」

 まだ、彩音は決断しかねているようだ。

「それに、古代猛獣の討伐を海軍に任せた場合、私としては腹に据えかねる事後処理を、彼らが取る可能性が高いのでな」

 年上の同級生に、凛とした視線を向けながら、さらに言葉をつづける京子。

「と、いうと?」

「私が想定している海軍の行動は二つ、考えられる」

 京子は、二本の指を立てて見せる。

「一つは、全てを内密に処理し、一切の情報を隠ぺいしてしまうこと」

「あり得る話だな」

 京子の言葉に、彩音も頷く。

 陸海空の三軍は、何かと自己主張が強く、各軍のメンツにこだわる傾向がある。

「そうなると、帝都警邏隊総監であるお前の父上は、古代猛獣が討伐されたことを知らぬまま、いつまでも、やきもきした気分で過ごさねばならぬ」

「それは御免こうむりたいな」

 最近、少し不機嫌ぎみな父の様子を心配している彩音も、困り顔で頷く。

「もう一つの可能性は、帝都警邏隊が取り逃がした猛獣を、海軍様が討ち取ってやったぞ!! と、恩着せがましく吹聴することだ。どちらの結果になっても、面白くないだろう?」

「ううむ……」

「そこでだ……。もし、古代猛獣に襲われたとしても、私と真田の異能を合わせて対処すれば、返り討ちにできるだろう?」

「え? あ、あぁ。そうだな!!」

 ニヤリ、と狡猾そうな笑みを浮かべる京子に圧倒されて、彩音は頷いてしまう。

「筋書はこうだ。私たちは、慰霊碑に献花に来た時に偶然、見慣れぬ獣の姿を目にして、興味本位で後を追ったところ、突発事態に遭遇、自らの異能の力をもって、脅威に対処した……」

「屁理屈の極みのようないいわけではあるが……」

「屁理屈も理屈の内、さ……」

 ニヤリ、とほほ笑む京子。

「さらに言うならば、特務科訓練生の名声も高めることができるし、私も武器の実戦使用経験を積める。さらに、お前の父君の心労の種も取り除けると、一石二鳥ならぬ、三鳥の特があると思う」

「何と欲張りな……」

 生意気な年下の少女が見せる、想像以上に狡猾で貪欲な一面に、彩音は絶句してしまう。

「そういうわけだから、古代猛獣……バンニップを狩りに行くぞ!!」

 勇ましく宣言すると、京子は足早に暗渠トンネル内に踏み込んでいった。

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