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T  作者: 水面
7/22

今までありがとう?

一抹の不安があったが、俺は待っててくれると信じていた。

ドア開けた俺の目に飛び込んできたのは、きれいに揃えられた華奢なハイヒール。


T、T!


俺の怒鳴り声にくすりと微笑んだあなた。

しかしその笑顔はすぐに泣き顔に変わった。


どうして連絡してくれなかったの?

私はもう捨てられたと思ったわ。


俺にも考える時間が欲しかったんだ。

でも、あなたと会わずにいて、どれだけ大事な存在かがわかった。

お願いだ旦那と別れてくれ。そして俺と一緒になってくれ。


私はそんなこと望んでないわ。

あなたのお荷物にだけはなりたくない。

こんな状態のまま、あなたと一緒にいるわけにはいかないわ。こんなあやふやな関係であなたを縛ることができない。離婚なんてそう簡単にはいかないのよ。


俺はいつまでも待つよ。あなたが自由の身になるまで。

だから、旦那と別れて欲しい。


今日でお別れにしようと思ったの。

でも、あなたの顔を見ると決心が鈍るわ。

私の大好きなあなた、そんなふうに泣かないで。

今まで楽しかった。あなたとの思い出があれば、これから先の長い人生生きていけるわ。

だから、さようなら。

今までありがとう。


そう言ってあなたは、風のように去っていった。

あまりの展開の早さに俺がついていけなかった。

呆然としていた。


一瞬のうちに天国と地獄を味わって俺は、しばらく身動きひとつしなかった。

信じられなかった。

しばらく、なぜなんだと自分に問いかけていた。

気づけば、どれぐらい時間が経っただろう。

なぜ、俺はすぐ追いかけなかったんだろう。


ふとリビングのテーブルを見ると、あなたに持たせていた携帯とこの部屋の鍵が置いてある。

携帯の中身は全て消去されている。本当にこれが最後なのか。2人をつないでいたものを全て置いて出て行ったんだ。本気なんだなぁ。


クローゼットを除けば、俺が買い与えたものが全て置き去りにされている。そこからはまだあなたのカシスの香りが漂っている。俺はあなたが好きだったワンピースを握り締め泣いていた。


それからの俺はどうやって生きていたのか?

たかが女1人。それなのにどうして?

こんなに苦しいのか。今までの恋愛とどこが違う。

いや、今までのは恋愛とは呼べなかった。

こんなに真剣に1人の女を愛したのは初めてだ。


仕事には行った。今の俺に残されているのは歌だけ。

どうしていいかわからず、もてあました心を歌にぶつけた。この悲しみを、この喪失感を、歌にすることであなたを失った悲しみを癒そうとしたが、そうはいかなかった。

悲しみを癒すことはできなかったが、結局俺の手には新曲3枚が残った。

出会った喜び、別れた悲しみ、そして再生の道を新曲3曲に込めた。メンバーには絶賛されたが、この悲しみが癒えるわけがなかった。

もう一度この手に取り戻したい。


レコーディングも終わった。PVも撮影した。

しばしの休息をもらった俺は、車をあなたの屋敷の近くまで走らせた。

そして、あなたの屋敷が見えるところに車を止め、あなたが出てくるのを待った。

出てくるまでいつまでも待つつもりだった。




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