愛を信じないT、
ソロの活動とメンバーの曲作りに追われて、なかなかTに逢えない。
それは寂しいが、ゆっくりと2人の関係を考える時間でもある。
今日は、本当に時間がなかったんだ。
今日の逢瀬は、結局いつものホテルで数時間。
先日の電話の一件を忘れたような冷たい表情のT。
俺もあえて言わない。Tを追い詰めたくなかったから。
お互いを貪り合い別れていく。
身体だけの関係?
いつかどちらかが飽きたら終わる?
そうTが思い込んでしまうのも無理はない。
そんな逢瀬が数回続いた。逢瀬の合間には、電話しているが、また最初の頃に戻ってしまったようなTの態度。
早くゆっくり逢いたい。
今はとてつもなく忙しいと説明したが、そんなことには興味がないと取り付く島もない。
忙しい日が続いている。
その合間を縫って、携帯の向こう側のTに話しかける。
そして最後に愛の言葉を囁く。
愛してる。
そんなこと信じられないわ。
あのホテルの部屋で私を抱いたあと、忙しいと言いながら、もう用事はないとばかりに私を部屋から追い出すじゃない。
愛してるなんて、もう言わなくていいのよ。
私たちは、あの部屋だけの関係。
それ以上でもそれ以下でもないわ。
私に飽きたなら、そう言って頂戴。
綺麗に別れてあげる。
今まで、俺はTの気持ちを忖度することもなく、自分の気持ちをTに言うこともなかった。俺が悪い。
俺は一呼吸おいて、明日逢おうと告げていた。
正直なところ、Tが人妻じゃなかったら?
俺は独身だ。一時的に騒がれたとしても、何はばかることは無いだろう。
しかし、俺たちは不倫。不倫、略奪。格好のマスコミの餌食だ。
俺の仕事は、俺1人では成り立たない。
ソロの仕事とメンバーの仕事。事務所、スポンサー、スタッフ…信じられないほどの人と金が動いてる。
それでも、それでもなお。
この日は、マネージャーにTを俺の新しいマンションに案内させた。
ここはどこ?
不安な表情を隠しもせず訊ねるT。
俺の新しい部屋。
そう。
俺の答えを聞いたTは、如何にも興味が無さそうに、いつもの手順で服を脱ぎ始めた。
俺はその手を押しとどめ、Tをソファーに座らせた。
ここでTとゆっくり過ごしたい。
ソロの新しいアルバムが出来上がったので、ここで一緒に聴こう。
このアルバムをひっさげて、ソロツアーで全国を回るんだ。
このアルバムは、Tと知り合ったとき、ロンドンでレコーディングしていた。俺のソロ第一弾。
渾身の出来だ。ぜひ、Tに聴いて欲しい。
俺の話を聞いているのかどうか。
如何にも興味なさげだったTの目尻に涙が滲んでいる。
素敵な曲ばかり。本当にこれを全部あなたが作ったの?
そんなに凄い人だと思わなかったわ。
少しは俺のこと見直した?
俺の言葉に子供のようにコクンと頷くTの肩を抱き、暮れ行く部屋で俺のCDを聴いていた。
他のも聴きたいの言うので、Tのことを驚かそうと思って、はるか昔のツアーのDVDを見せた。
そこには、10年以上昔、20代前半の俺が大写しになっていた。目をまん丸にして、テレビの画面と隣に座る俺を交互に見ているT。
綺麗ね。今もこんな感じに変身するの?
いつも無精髭を生やしてるのに?
そう言えば、あなたのことを調べた時、変身したあなたの画像ばかりで、違う人なのかなって思ってたの。
とうとう、俺は笑い出した。
こんなに笑ったのは久しぶりだ。