あるがままの。
Tには内緒で、彼女のご主人と会った。
俺のほうから、どうしても聞きたいことがあったので、連絡を取った。
渋いスーツを一分の隙も無く着こなしている。
端整な顔立ち。
人に命令をし、傅かれるのが、当たり前と思っているような男。
俺は、気後れしないよう、Tの顔を思い浮かべた。
俺の問いにその紳士は、静かに話し出した。
妻は地上の女ではなかったということです。
ま、それは大袈裟かもしれないけど、
手の届かないところで咲いている花のようだった。
私と結婚した時の彼女は、
純粋無垢な天使のように美しい女性だった。
いや、まだ少女のような…。
汚してはいけない存在。
絶対的な女性だった。
そんな彼女に私は、気後れしてしまったんでしょう。
私には、もっと平凡な女性が似合いだった。
それに彼女は私のことを愛していなかった。
それは、あなたが彼女を愛さなかったからですよ。
彼女は、きっといつも愛してくれるのを待っていたはずです。
でも、あなたがしたこと、いや、しなかったことは、
彼女にとって、残酷すぎることですよ。
俺は、怒りを顕に彼女のご主人に詰め寄った。
あなたの言っていることは、分かりますが。
もう、何を言ってもしょうがないことでしょう。
俺は、彼女のご主人が去っていく後姿を見ながら思った。
この人は、彼女のことを愛している。
俺が愛するようにではないかもしれないが、
でも、愛しているんだ。
重い気持ちのまま、
俺は、ホテルのラウンジのソファーに身を沈め、
考え込んでいた。
天上の存在を地上に引き摺り下ろしてしまった俺がすべきことは…。
ただ在るがままの彼女を愛し、幸せにすること。