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T  作者: 水面
2/22

数時間の関係

4度目に忍び会ったあとだっただろうか?

次回の約束をしないで別れようとしたことがあった。


マネージャーに連絡させる。


俺の言葉に呆然としたTは、涙目になりながら言った。


もう飽きたの?

そうなの?

やっぱり、私はおかしいの?


消え入りそうなささやき声、切ない顔で、そう言われて、俺は思わず、その柔らかい身体を抱きしめていた。


もういいのよ。

私たちの関係は、この部屋で抱き合う数時間の関係。

それ以上でもそれ以下でも無いんですもの。


女のTにこんなことを言わせて俺は、ますます抱きしめた腕に力を入れた。

嫌々をしながらもがくT。


違う、俺はこれ以上Tに惹かれていくことに怯えていた。

今なら引き返せる。これ以上深入りしたら、身の破滅を招くだろう。

だが、この可憐なTを手放せるのか?

こんな始まりだったが、俺は確かにTを愛してる。

自分のこころに戸惑いながら、俺はスケジュールの確認をして、次の約束を取り付けた。

次に会えるのは、10日後、その間に俺のすることは…。

なんとか、Tを安心させたいと思っていた。


そして、10日後、いつものホテルで忍び会った。

やっと俺たちの体は馴染んできたようだ。

Tの口から甘い吐息が聞こえて来て、俺は思わず、


愛してる


と、その耳元で囁いていた。

動きを止め、信じられないと言うように、俺の顔を見つめるT。

俺は同じ言葉をTから聞きたかった。

でも、すっかり冷め切った表情のTから同じ言葉が囁かれることはなかった。

それでもいい。

多分、Tは愛がわからないんだ。

破綻した結婚生活で、旦那に相手にされず、いつもあの広い屋敷に1人のT。

誰からも愛されず、誰も愛したことがなく、孤独な日々を送っていた、かわいそうなT。

こんなに可憐で美しい女なのに。


俺はそんなTの手に新しい携帯を握らせた。


俺の連絡先を全部入力してある。

その何処かに必ず俺はいるから、いつでも連絡して。


そう言い残し、次を約束して、俺たちは別れた。


次の約束までの間、Tからの連絡はなかった。

それでも俺は毎日せっせと携帯をかけ、メールを送った。不承不承という感じで携帯に出てくれるが、メールの返信は中々来なかった。

それでもいい。他愛のない話をしながら、Tの声を聞き、優しい時間が流れていた。

そして携帯を切る前、俺は愛の言葉を囁く。


好きだ、愛してる。

私も…。


震える声で囁いたT。

自分の囁きに驚いている様子だった。

慌てて切られた携帯を見つめ、俺は暫し呆然としていた。

その言葉に力を得た俺は、次の行動を実行に移した。


俺たちの関係を身体だけの爛れた関係と思い込んでいたTの心も段々と変化して来たようだ。


俺の愛してるの言葉に誘われるように囁かれたTからの愛の言葉。

携帯の向こう側のTの戸惑い。

思わず言ってしまったのだろう。

自分でも驚いていたようだ。

驚いたTに切られた携帯。

あっという間の出来事に俺もなす術が無かった。

Tの言葉に勇気をもらった俺が次にしたことは…。

引越しだ。

今の俺のマンションは、如何にも男の一人暮らしの殺風景なもの。部屋に興味なんか無かった。ただ寝に帰るだけの空間。

Tを連れて来てのんびりと過ごせるようでは無い。

ホテルで数時間忍び逢う關係から普通の恋人たちのようにTと過ごしたい。


俺のスタジオや事務所からも近い場所に丁度いい物件を見つけてきた。

Tが旦那と暮らす、あの贅沢な屋敷とは、比べようもないが。天空にほど近い部屋からは下界の喧騒も気にならない。

家具も全て買い替えた。

Tの好みは?俺は段々と楽しくなった。

Tは、喜んでくれるか?


いつの間にか、Tと暮らすことを夢想している自分に驚く。

いいのか?Tは人妻だ。この先、どんな面倒ごとが降りかかってくるか、容易に想像できるだろ?

引き返すなら今だ。今なら、お互いの傷も浅くて済む。

離れてしまえは、すぐ忘れるだろう。

まだ、数回抱き合っただけだ。


いや、Tを忘れられる訳がない。

白いシーツの上に広がる絹糸のような黒髪。

象牙色の甘く香る肌。

全体的に華奢だが女らしい曲線を描く悩ましい肢体。

俺を抱きしめる白い腕。

びっくりするほど長い睫毛に縁取られた大きな瞳に見つめられるとき、何も考えられなくなる。

ただTが欲しい。



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