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《中編》「デートをするのよ」

 ロランが消えた翌日、腫れ上がる目がしばしばとして痛かったけれど、そんなことは気にしていられなかった。

 出仕前の父を捕まえ締め上げて、ロランの赴任先をなんとか聞き出そうとして失敗。

 仕方ないので、同じく宮仕えをしている兄に忘れ物を届けるという名目で王宮に突撃。


 頭脳と粘りによって見事、国王陛下との謁見を勝ち取った。父は蒼白な顔をしていたけれど。恋の後悔は無敵なのだ。


 私の無礼に寛大な対応をしてくださった陛下は、用件を聞くと渋面になり黙ってしまった。


 そんなにまずいことを尋ねたのだろうか、いや、まずいならばそんな任務を遂行しなければならないロランはどうなってしまうのだ。


 不安と焦燥が臨界点に達しようとしたところで、国王の表情が和らいだ。と言っても渋面でなくなっただけで、まだ固い顔ではある。


 王はおもむろに立ち上がり玉座の後ろに飾られたタペストリーを見上げた。我が国の国旗だ。

「ラアラ・クラルティ。この紋章が何かは知っているな」と国王。


 国旗の中央に、ひとつの図像が描かれている。王家の紋章だ。一頭のドラゴンが盾を持っている。


「はい。王家の紋章です」

 国王はうなずいて、「これがこの国の真実の姿なのだ」と続けた。「我が国我が一族はドラゴンにより守られている。その代わり、百年に一度、一族より生け贄を贈らなければならない。それを守らなければ、国も一族も滅ぼされる」


 信じがたい言葉に、王の傍らに控える父を見る。父もまた固い表情をしていた。


「生け贄の条件は15歳以上20歳以下。一族一番の頭脳と美貌を持つこと」


 国王の口にした条件に合うのは……。


「十年も前から、条件に合致するのはロランだと分かっていた。例え年齢制限を無視してもロラン、頭脳を考慮しなくてもロラン、美貌を除いても、ロラン」と王。「……本人もよく理解して、受け入れていた。ただ、どうしても生け贄になる悲劇の王子と思われたくないと言い張った。百年に一度のことで、生け贄のことを事実として知っている民もいない。だからこのことは伏せ、普通の王子として生きて死にたいと、そう言うのだ。私が父としてできるのは、その願いを叶えることだけだった」


 父がハンカチで目を押さえている。

 見れば近侍たちも立哨中の衛兵たちもだ。


「ラアラ・クラルティ。感謝をしている。そなたに会ってからのロランは実に楽しそうだった」


 私の中がぐるぐる回る。頭も心もぐちゃぐちゃに渦巻いて、立っているのがやっとだ。


「あいつはそなたには絶対に何も知られたくないと、私たちにも秘密を守るよう何度も頼んで旅立った。息子の気持ちを尊重してやりたくはある。だが、やはり、やるせない」


 やるせない、と心の中で繰り返す。

 ちがう。

 私は怒っている。


「彼は、今、どこに」


 それは恐ろしい質問だ。もう、なんて返事をされてしまったら。

 だけど国王は馬車で二日ほどかかる山の名を上げ、そこへ向かう道中のはずだと答えた。




 ◇◇




「もう少しだから!しっかり捕まって!」

 掛けられた声にはっとして目の前の兵士に回した腕に力を込めた。危ない、気が遠くなりかけていた。


 全力で駆ける馬の上だ。落ちたら良くて骨折、九割五分で死ぬだろう。


 おととい全てを聞いた私はすぐに決断した。国王陛下に頼み込み、緊急用の伝令を借りた。軍で一番早い馬と、一番の騎手。父は泣きそうな顔をしていたけれど口は挟まず、ただ、出発のときに幸運を祈ると額に口付けてくれた。


 兄から借りた乗馬服を着て、男のように馬に跨がり、初めて会った兵士の背中に抱きついて、私は勇ましく出発した。


 すぐに全力で駆ける馬の速さの恐ろしさと、長時間の乗馬の疲れと痛みに震え上がった。けれどそんなことに怖じ気づいている暇はないのだ。急がなければ、ロランに二度と会えなくなってしまう。


 陛下の話では、都から二日かけて移動して、三日目に山間の竜谷(りゅうこく)と呼ばれる谷に面する崖で生け贄になるという。今がその三日目なのだ。


 昨日泊まったのは粗末な宿で、食べたことのない素朴な料理、固くて簡素なベッド。慣れない環境、全身の筋肉痛で疲れが溜まっているのに、不安でろくに眠れていない。


 だけどしっかりしなくては。こんな所で落馬している場合ではないのだ。


 馬は乗り換えているけれど、騎手は同じ人だ。公爵令嬢なんかを後ろに乗せての強行軍は、さぞかし神経を使って大変だろう。


 頑張るのだ。身体中全てが悲鳴を上げていても、振り落とされずにロランに会うのだ──。


 と、馬が速度を落とし緩やかな足並みになり、やがて止まった。

「着きました」と声がした。続いて「誰か、彼女を降ろすのを手伝ってくれ」と。


 辺りを見回すと正装をしたロランの従者たちが集まってくるところだった。そして山のように大きくて、虹色に輝くドラゴンがいた。その手前に、


「ロラン!」

 ロランがいた。間に合った!


 兵士の手を借りて馬から降りたものの、足が痛くて立っていられず、その場に座り込む。


 振り向いたロランは目を見張って硬直していたけれど、私だと分かると


「ラアラ!」

 と叫んで駆けてきて地面に膝をついた。

「なんで、どうして」と言いながら泣いている。

「デートをするのよ!」


 背負っていたリュックを降ろして中身を地面にあけた。ザラザラと宝石が転がり出る。


「ドラゴン様!」と呼び掛ける。

 身体の中で唯一黒い目がこちらを向いているように見える。

「宝石がお好きだと聞きました。うちにあるほとんど全てです。これを差し上げるから、一刻下さい。ロランと最初で最後のデートをしたいのです!」


 ロランが、君って人はと言いながら、私の手にキスをする。


 周りが動いたと思ったら、従者たちも座り込み、ドラゴンに向かって平伏していた。ロランも向き直り、お願い致しますと頼む。


 ドラゴンはゆっくりと首を縦に動かした。了承、ということだろう。

「ありがとうございます!!」

 ロランと私は礼を言い深く頭を下げる。


 と、ドラゴンは光輝く翼を広げて飛び上がると谷に降りていった。


「ラアラ!」とロランが私の手を取る。

「ロラン!」と私。「どうしよう、力が入らないの、立ち上がれない」


 私を連れて来た兵士が

「丸一日と半、馬に乗っていたからでしょう」

 と言うと、ロランはご苦労だったねと労って、はめていた指輪をひとつ抜いて褒美だよと渡した。

 そして私を軽々と抱き上げた。


「馬車に乗りますか?」

「来るまでに素敵な湖畔が」

「花畑も」

「こちらにワインが」

 と従者たちが矢継ぎ早に提案する。


「ラアラにしがみついていてほしいけど」とロラン。「ワインを持てるかい?」

「それならばっ!」

 従者がすかさず袋に入れてロランの肩にかかるように工夫する。それが済むと。


「ではラアラ。僕とデートに行ってくれるかな?」

 ロランはにこりと笑みを浮かべる。

「もちろんよ」

 私もありったけの力を振り絞って、極上の笑みを浮かべた。

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