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「先生だなんて、そんな大層な者では…」
私がそう言っても彼は、自分にとっては先生なのだと引かず、そのまま「先生」と呼ばれることが確定してしまった。
あまり遅くなると、宿までの交通手段がなくなりかねないので、呼び名の話は一度置いておき、明日の約束をした。
「それではまた明日、お会いしましょう。」
「はい。よろしくお願いします。今日はお時間いただきありがとうございました。先生とお会いできて良かったです。ずっと探していた答えを知ることができたので、今夜は久しぶりによく眠れそうです。」
「それは光栄です。突飛な話でしたので、かえって混乱させてしまったのではと心配しておりましたが、お役に立てたなら何よりです。私の方は待ち合わせ時間の変更も問題ございませんので、よく眠れ過ぎてしまったら、遠慮なくお電話ください。」
「なるべくお約束の時間通りでありたいのですが、万が一の場合は、早急にご連絡します。」
「ええ。それでは、宿までお気を付けてお帰り下さい。あ、少し早いですが、おやすみなさい。良い夢を。」
「ありがとうございます。では、失礼します。」
そう言って彼は、ここに来た時より少しばかり晴れやかな顔で帰って行った。
玄関の戸を閉めて振り返ると、額縁に入れた妻の鱗が目に入る。信じがたい話を嘘でないのだと説明してくれたのは、この鱗だ。これを見て瞳が潤むのは、随分と久しぶりのことである。あの日の自身と彼を重ねてしまっているのかもしれない。
妻との懐かしい記憶の中で、楽しかった思い出を拾い上げ胸を満たすと、自然に笑みが沸き上がる。妻と過ごした日々は過去のことになるが、その幸福は今も変わらず「ここ」にあって、隣に居られなくなってしまった事実を含めても悲しい記憶にはならない。彼女は今でも私の幸い。
それでも僅かに残る寂しさは何年経とうと消えることなく、今日みたいな日は少し寝付きにくい。しかし、彼にあの様に言った手前、明日の約束に私が遅れるわけにもいかないので、今日はもうこれ以上考えないことにして、早々に就寝する。
「あ、先生!こんにちは。」
当初予定通り、といっても午前にしては遅くお昼より少し前の時間帯だが、双方ともに時間を変更することなく待ち合わせ場所に到着できた。
「こんにちは。昨晩はゆっくり休めましたか?」
「おかげさまで、深酒せずともよく眠れました。心なしか心身ともにスッキリした様な気がします。」
「それは良かったです。寝酒は身体に負荷がかかるそうですから、それが無かった分スッキリしたのかもしれませんね。」
「ええ。むしろ今朝は早く目が覚めてしまって…、早朝に海辺を散歩してきました。この島の海辺は綺麗ですね。」
「そうですね。特に早朝は朝焼けと相まって、息をのむ美しさです。さて、立ち話もなんですから、早速役所に向かいましょうか。」
「はい。よろしくお願いします。」
「今日行く所は、役所の中でも関係者以外立入禁止の場所になりますので、身分証の提示や手続きが必要になるかもしれません。ご面倒ですがよろしくお願いします。」