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「先ほど私があなたにした質問の内容は全て私の実体験に基づくもので、あなたがこの研究所にいらした時に目にした額縁の鱗は私の妻のものです。随分と昔のことではありますが、あなたと同じような経験が私にもありまして…私の場合は、妻が出ていくところに遭遇してしまったのです。」
「それは…」
「ええ、私がこの研究を始めたのは、自分の妻が人魚だったことがきっかけです。」
先ほどから続く衝撃的ともいえる話の連続に、僕はただ、息をのむことしか出来ない。
妻の失踪について解決の糸口を見つけたかと思えば、悪い冗談のような「結論」を告げられ、自身の感情を整理できぬ程の混乱の中、何とか説明を求めたところに、これが冗談でないことを理解せざるを得ないような話が続く。
この研究所に来て早々に見えた額縁に飾られていた鱗は、自分の妻のものととてもよく似ていて、目が離せなかった。何故それがここに飾られているのか、あの時、心のどこかで悟っていたのかもしれない。手掛かりどころか「答え」がここにあることを。
「少し長くなりますが、私の昔話をしてもよろしいですか?」
「え?」
良しとも悪しとも答えられず、質問に聞き返すという残念な返答をしてしまったが、先生は話を続けた。どこか遠くを見ているような眼差しで、もしかしたら先ほどの問いは、了承をとる為ではなかったのかもしれない。
あの後、どれくらいの時間が経っていたのか。先生が過去の出来事や研究内容について語り終えた時、日は傾き始めていた。そんなに長話だったようには感じなかったのは、僕が聞き入っていたからだろうか。
先生が研究しているという人魚は、僕が知っていたものと随分と違っていた。
先生の話を整理すると彼女ら人魚は、人間の目につかぬ程の深海で魚の姿で生まれ、ある程度成長すると頭部から人型に変わっていく。その際、人型になった部分から鱗も無くなっていくため、途中経過として「上半身が完全なる人で、下半身が魚のまま」という状態が在り、それに遭遇した者が人魚伝説を作り上げたのだろうと推察される。少なくとも上半身が完全なる人型になった頃には、人が暮らす小さな島の周辺にひっそりと姿を現すようになる。そこで人の言語や暮らしの予習にも似た情報収集を行い、全身が完全な人型になるとその島の陸地で人として生活し、見た目も暮らしも人間と寸分違わぬようになる。やがて島の外で暮らしたり、パートナーを得たりと活動範囲も広がり、僕や先生のように婚姻に至る場合もある。
そのまま何事もなければ、人間として生涯を終えることも可能だが、子を宿した場合はそれが不可能になる。次第に身体は魚に戻り始め、最終的には、故郷の海にある人間の目につかぬ程の深海で産卵後、そのまま魚として余生を送る。
そして先生や僕の手元に残された鱗は、魚に戻り始めた時にできるもので、他の鱗より二回りほど大きく簡単に取れるらしく、形見のようなつもりで遺したと思われるということだった。
「長々と話し込んでしまいましたね。すみませんでした。この島の滞在はどれくらいのご予定ですか?」
「予測がつかなかったので、今日を含めて3日程を見込んで宿をとっています。想定していた以上に早く、答えにたどり着くことができましたが、日程は前倒しせず少し島を散策してみようと思っています。」
「そうでしたか。休暇のお邪魔でなければ、明日、一緒にこの島の役所へ行きませんか。せっかくここまでいらしたのですし、身分証をお持ちでしたら、奥様の記録も見せてもらえるかもしれません。」
「ぜひお願いします。身分証も持ってきています。先生のご都合がよい時間帯で構いませんので。」
「先生だなんて、そんな大層な者では…」