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「突飛な話をするようで申し訳ありませんが、どうか落ち着いて聞いていただけますか。あなたの奥様は海に還られました。今、この島の役所に問合わせて確認が取れました。」
先ほどの質問で、彼の妻について確信した。当初の見立て通りだ。どう伝えようか考えても、突飛な話は理解され難いことに変わりはなく、それを上手く伝える方法も私は持ち合わせていない。できるだけ、客観的な確証もあった方が良いと考え、この島の役所にある「とある部署」に該当の情報と書類があることを確認した。ついでに伝言まで受けてしまった。
「へ?」
彼の反応は妥当である。聞いた側がこの他に表現しようがない程の内容を告げた自覚はある。なるべく順を追って話したいが、ここまでで既に後ろに引き伸ばしてしまっているので、早々に説明すべきであるようにも思われる。
「極めて端的に、結論から言うと、あなたの奥様は人魚であるということです。」
「…どういうことですか?聞き間違いでなければ、人魚と聞こえたのですが…。」
「ふざけている訳ではないので、怒らずに聞いてもらいたいのですが、私がここで私的に研究しているのが人魚です。正確には研究というより情報収集と考察という範疇のものですが。」
「変わった研究をしているとは聞いておりましたが…。例えばその話を僕が大真面目に受け入れたとして、先程の妻が人魚だというのはどういうことでしょうか。妻は人の形をしていましたよ。それが何故ここにきて人魚という話になるんですか…」
彼がとても混乱していて信じ難いと思っていることは、ひしひしと伝わってくる。しかし、懐疑的ながらも怒っていないところを見ると、私の話を聞いてから判断しようとしてくれているようで、一安心だ。怒り出す、声を荒げる、出て行ってしまうくらいまでは覚悟していた。
比較的落ち着いた反応であることに感謝しつつ、ここからはちゃんと説明していこうと思う。一番知りたかったであろうところは既に伝えたのだから、この先は焦らず聞いてもらうことにしよう。
「話が急すぎました。すみません。ですが、きちんと説明をしたいので、聞いていただけますか。」
「…わかりました。こちらも感情的になってしまい失礼しました。」
彼がやっとコーヒーを口にする。落ち着こうと思っての行動だろう。私も一呼吸おいてから話すことにした。
「まず前提として、世にいう人魚というものは、空想上及び伝説もしくは見間違いと言われている類のもので、上半身が人、下半身が魚となっていますが、私がこれから話す人魚は、それとは別物と思って聞いて下さい。」
「…はい。」
「先ほど私があなたにした質問の内容は全て私の実体験に基づくもので、あなたがこの研究所にいらした時に目にした額縁の鱗は私の妻のものです。随分と昔のことではありますが、あなたと同じような経験が私にもありまして…妻が出ていくところに遭遇してしまったのです。」