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僕がここにお店を開いて、もう7年になっていた。
ここに初めて来たのは10年前のことだった。先生に会うため、この島を訪れた。
あの時はただ必死に妻を探して、些細な情報でもあればと、あちこちに足を運んでいた。
当時26歳だった自分は、最愛の人と結婚したばかりだった。
まだ1年にも満たない幸福な暮らしを、ただ大切に過ごしていたはずなのに、ある日、妻は姿を消した。書置きも何もなく、テーブルの上に残されていたのは、見たこともない程に美しい色彩の鱗が1枚だけだった。
その鱗を見た時、何故か妻にはもう会えないような気がした。
家の中を見回しても、妻が何か悪いことに巻き込まれた形跡はなさそうだった。
近所を歩き回ってみたが会えず、帰ってくるかもしれないと翌日まで待ってみたが、帰ってくることはなかった。連絡を試みたが、携帯電話は既に本人によって解約されていた。
原因に心当たりはなく、最後にあった朝はいつもと変わりはなかった。現状に見当が付かない為、とにかく思い当たる限り探してみることにした。
妻はあまり過去を話したがらなかったが、それでも婚姻前に話しておきたいと言って「親族はいない、育ての親も高齢で既に他界している」と教えてくれた。その時、故郷についても聞いていたが、親戚も居ないため、今となっては行っても尋ねる当てもない。
事件性はなさそうだが、念のためと届け出た捜索願と並行して、自らも思い出の場所、行きたがっていた場所、妻の考えそうな場所をできる限り回ってみたが、そう簡単に見つけられるはずもなかった。そばに居たくないと思わせてしまったのならば、探さないほうがいいのかもしれないと頭をよぎった。
あと自分にできることとしたら、残された鱗が何物であるのかを調べることくらいであろうか。
そこからは、連日海洋関係の研究所やその紹介先へ足を運び、妻の失踪までは言えなかったが、この鱗が何なのかわかる人がいたら些細なことでも教えてほしいと聞いてまわっていた。
一向に何の答えも得られず、行き詰まっていた時、昨日伺った研究所から一本の電話が入った。用件は「今回のような問い合わせがあったら協力すると言っていた知り合いの研究者がいるのを思い出した、詳しいことはわからないが少々変わった研究をしているが安全な人物だ、情報が得られる保証はないが、希望があれば紹介する」とのことだった。
わずかな可能性であっても何か得られるならばと、その場で依頼した。
その数日後、僕はこの島に初めて訪れた。
海がきれいな島だと思った。それ以外の感想は覚えていない。「確認したいこと」に気持ちが持っていかれて、他のことはあまり入って来なかったのだろう。
紹介者に教えてもらった住所を頼りに、研究所を探して歩くと、田舎町にしては小ぶりな一軒家が建っていた。研究所というような印象でなく、こじんまりとした別荘を思わせるようなきれいな外観の民家だった。そして、そこの主もまた清潔感のある年上の男性で、建物と同様に勝手なイメージしていたものと少々違っていた。
「お待ちしてました。遠いところまで足を運んでいただいてしまって…最寄り駅もなかなかに遠かったでしょう。ささ、上がってください。」
これが先生との初対面だった。島の感想も、予想以上に歩いた疲労も、あまり覚えていないのにも関わらず、何故かこの瞬間はしっかり記憶に残っている。正直なところ、変人でも構わないから手掛かりが欲しいと思ってここに来たので、優しげで落ち着いた雰囲気の男性が出てきたことに少し安心した。
何の警戒もなく、すんなり研究室へ招き入れてくれた先生の後ろの壁に飾られていた額縁を見て、つい、動きが止まる。
「やはり、ご用件はコレについてですね?」