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夏も終わりに近づき、夕方頃には涼しくなる日が続いた。
もうそろそろ秋か…とは思いつつも、昼は未だに熱く、クールビズが終わってしまうことが恐ろしい。
夏バテという言葉も似つかわしくない季節にはなったものの、気怠さは年中付き纏い、昼には今日の夕飯はどうしようと考えていても、夕方には何も作りたくない。と考えながらスーパーへ訪れる。
このあと料理をする憂鬱と、節制しなさいという心の中の天使がぶつかり合う。ひとまず生鮮コーナーに行き、安い肉はないかと物色してみることにした。
肉のコーナーを見て、今日は肉を炒めるだけでいいか…と考えながら豚肉を手に取る。安いものを吟味しながら肉と睨み合いをしていると、後ろから突然声をかけられた。
「…沢田さん?」
その声には聞き覚えがある。
「あ、やっぱり!お久しぶりです〜。」
私の頭の遥か上から出てきた音が私の耳に収まる頃には、その声の持ち主、笹川の顔が視界に入った。
「あ〜お久しぶりです。恥ずかしいところ見られました。」
「どこがですか!人間は少しでも得をして生きたいものです!このくらいみんなしてるじゃないですか〜。」笹川は無邪気そうに笑った。
「笹川さんって、優しいですよね。」
「なんでそうなるんですか!当然のことを言ってるだけですよ!僕もこうして安いもの探しにスーパーに来てるんですよ。」
「え〜お買い物上手なんですね〜。」
「わお、全然心がこもってない!もしや声をかけてはいけないタイミングでしたか??」笹川は少し不安そうな顔をしながら言った。
「あ〜いや、そうじゃなくて、夏バテが今更…。」
「それはしんどいですね…。それでも沢田さんは年中夏バテしてそうですが…。」
なぜバレた。私は基本怠惰な性格だが人当たりだけは気を使っていたはずなのに。
「ん〜。昔の僕みたいで、色々と達観してそう…っていうか…なんていうんですかね!」笹川は眉間にシワを寄せ必死に考えながら応えた。話している時は表情豊かなのに、立ち姿というか、イメージ的にはかなり冷淡な無表情な人間なのはなぜなのだろうか。
「で、今日は豚肉炒めですか。」
「はい、ご明察でございます…。」
「たまにはいいですよね〜。お肉は元気になりますしね。」笹川は肉を炒めるポーズをしながらそう言った。
「今日僕唐揚げでも揚げようと思ってたんでお裾分けしましょうか?」
「ははは、わざわざ悪いですよ。大丈夫です。」
「そうですか〜あれだったら、食べに来てもいいですよ。」
今、なんと言ったか。食べに来ても…いい…?あれとはどれか分からないが、勢い任せに応えてしまった。
「え、本当ですか!?行きたいです!」笹川に惹かれたわけではない。唐揚げだ。そう、唐揚げだ。
「沢田さん、男の家に簡単にあがっちゃいけないんですよ。まぁ、来るようであれば美味しい唐揚げを御馳走します。」
「全然考えてませんでした!唐揚げのことしか!」私は胸を張って応える。
「沢田さんはそうだと思いました。何も心配はしていないですよ。それじゃ買い物をして帰りましょうか。」
「やったー!お肉私が買います!」
「じゃあお言葉に甘えますね。」
一月近く前に出会い、まだ数度しか話したことはない、顔が好みの男性の家で手料理をいただく、その買い物も一緒にする。前世の徳を使い果たしてしまったのではないか、というほどイベントが一気に舞い込んできた。ここまで運がいいと夏バテのような気怠さも一気に吹き飛んでしまった。もう大人の私はこの後あわよくば…なんてことは少しも考えていなかったし、何もなかった。
いや、本当は何かを起こそうとした。でも、何も起こすことはできなかった。