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君という呪い  作者: naco
第一章
6/21

6

仕事が終わり帰り支度を始めていると山本から声をかけられた。

「沢田さん、今週の金曜は暑気払いがあるけど沢田さんは参加するかい?」

あ、そうか。回答を忘れていた。特に予定もないし行きますと答えて会社を後にする。

冷房の効ききった室内から外に出ると、蒸し暑い風に襲われた。前に出す脚が何かに止められる。ただ暑い思いをしたくない自分の心にであった。

私は夏があまり好きではない。何度も言うが暑さがダメだ。かと言って冬の寒さも耐えがたい。好きな季節はと言う質問が嫌いだ。春も秋も程よい気候といえばそうだが、結局好きではない。季節なんてなくなれとまでは思わなくても、この季節だからこうとかああとか、そう言うのはできれば考えたくない。

ここまでひねくれてしまった私だが、笹川とであれば夏が少しは好きになるのかななんてことを考えながらダイリンの前を通った。あの涼しげな顔が近くにいれば、夏の暑さも多少は和らぎそうだ。

…と、最近笹川の事ばかり考えている。奈々に言われた通り素直になるべきなのだろうか。


それから3日、暑さが引くこともなく、金曜日になった。

結局その間も笹川さんとは会うどころか連絡さえとっていない。

だからこそ世界の何かが変わったなんてことはなく、暑気払いの席では相変わらず山本から声をかけられた。そして相変わらず周りの視線が痛い。別に私にはどうこうしたいなんて感情もないし、山本もどうこうなりたいなんて微塵も思っていないだろう。そんな視線を向けるくらいならいつも通り色目を使って頑張って欲しいところだ。

私にライバル心を燃やしたってしょうがない。どう考えても山本は私のタイプではないのだから。


とは心の中で思っていたものの、そうも行かなかった。ことは起こってしまったのだ。

いや、取り返しのつかないことが起きたわけではない。ただ二次会に行っただけで不健全なことはなにもしていない。

ただ、山本が皆の前でちょっと2軒目行こう、続きを話したい。などと言うものだから勘違いの嵐が起きた。散々恨みの視線を浴びながら言い訳をするのも苦しかった。まったく、いい迷惑にもほどがある。


なぜこのような流れになってしまったのか。一度先ほどまでを振り返る。

遡ること2時間前…

「沢田さん、この前のランチのカフェ美味しかったですよね!またみんなで行きましょう!」そう言ったのは隣に座っていた男性の先輩。「みんなで」って言葉は保身なのか、それとも本心なのか。別にどうでもいいことなのに勘繰ってしまう。多分これも山本に気に入られてしまっているせいで周りの視線を浴びすぎた弊害だろう。会社の人と話すときは何もない人でも身構えてしまう。

今の会話を聞いていた山本は嬉しそうに「喜んでくれてよかったです。私も是非ご一緒させてください。」と言った。それに対して先輩も嬉しそうにしている。本心で言っていただけのようだった。

「そういえば、カフェで思い出しましたが、ダイリンのホットサンドは食べましたか?」山本のその発言で笹川の顔が脳裏を過ぎる。それから聞かないふりをした山本の発言を思い出した。

「それが相変わらずまだ行っていないのと外が暑いので…。そういえば山本さん、ホットサンドの話したときもう食べることはない〜みたいなこと言ってましたよね?あれってなにかあった…のかなぁ〜…なんて。」私の言葉の途中から山本は表情が曇りだした。そのせいで私の言葉は歯切れが悪くなり、壊れかけのラジオのようになってしまった。


「ははは。聞こえていたんですね。あまり気にしないでください。深い理由はないですよ。」山本は曇った表情のまま無理に作った笑顔でそう答えた。

「え、ああ、そうなんですね!失礼しました!」

「とか言って〜昔の嫁さんとの思い出だったりするんじゃないですか〜?」

そう言ったのは山本の次にこの会社が長い課長だった。

突如、場は凍った。

「あれ〜へへ、すんません!僕失言したみたいですね!失礼しました〜。」

そう言うと課長は席を立ちタバコ吸ってきます〜と言い去った。

どうしてくれるこの空気。何より「昔の嫁」という言葉がどうも引っかかった。元カノとかでなく、昔の嫁だ。山本は実は再婚をしていたと言うことなのだろうか。

その疑問は即座に解消された。

「ははは、課長ったら、あまり言わないで欲しいと言ってましたのに。初めて聞いて驚いているかもしれませんが、今の家内は再婚相手なんですよね…。お恥ずかしい。」

この発言を聞いて私は正直驚いた。男性諸君は「男は女に惚れられてなんぼですよ!」なんて古い考えの声も聞こえたが、女性陣は驚くだけでなく明らかに戦意を感じる視線もあった。これをチャンスだと思ってしまうメンタルがもはや羨ましい。

そんなことはどうでもよくて、私の発言で場の雰囲気が悪くなってしまった。気にしないでとは言っているものの、山本の表情もあまりよろしくない。場を盛り上げる話題も特技もなく、暑気払いということなので怖い話なんてどうでしょう〜!とは言ったもののその発言で場が凍った。この感覚はとても息苦しくいたたまれない表情を向けられるが、体感温度が気持ち下がったように感じたため、なんとかなったということにしておこう。


その後はこの話題についてタブーという風潮があったにもかかわらず、会がお開きになる頃に山本から、さっきの話を少し聞いて欲しいとのことで二次会のお誘いをされたわけだ。

聞き間違いか何かで済ませておけばよかったものを掘り返してしまった自己責任と思って従うことにした。


そして今に至る。


興味はあるものの、何か踏み込んではいけないような何かにこれから巻き込まれるような感覚だった。まさかそれが本当に踏み込んではいけないものだとはこのときは知らずに。

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