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君という呪い  作者: naco
第一章
3/21

3

ただただ内容のない話をしていたらさっきまで鬱になる程青く澄んでいた空は冬の炬燵の上のみかんのように橙色に染まっていた。

「あ〜時間を忘れて話してたみたいですね。」

「そうみたいですね。今日は予定とか大丈夫でしたか?」

「全然気にしな…あ!!!」

「び、びっくりした。何かありました?」

「大学の頃の友達と飲みに行こうって言ってたのを忘れてました!!」

私の言葉に対して笹川は一瞬表情を曇らせたように感じた。その思いは杞憂に過ぎず、笹川に友達を待たせていないかと心配させてしまった。

時計を見ると18時をちょっと過ぎた頃だった。約束までは1時間近くある。隣駅での約束だから一度家に帰って着替えても間に合うだろう。いつもならコンビニに行くだけで化粧なんてしないのに今日に限って気が向いて化粧をしてきてよかったと心から昼の自分に感謝した。

「ではここらでお暇しますかね。」笹川は伝票を持ち立ち上がった。

「あ、あの、私に払わせてください!悪いので!」

「いやいや、ここは僕に払わせてください。」

「いや!」

「いやいやいいんです。付き合ってもらったんで。」この人はなんて聖人なんだろう。笑顔も素敵すぎる。顔が好みだとどんな表情でも映えて見えるものだ。この数時間で何度顔が好みだと思ったことか。


いくら笹川が折れないとは言え奢られるのはなにか申し訳ない。そして口が滑った。

「じゃあ、次は私に払わせてくださいね。」

口に出した自分でさえ何を言っているのか分からなかった。笹川はさらに不思議そうな表情を浮かべていた。

「あ、いや、次また機会が…あれ…ば…。」

「あ〜なるほど!それではその時はお願いしますね。」相変わらず笑顔で返してくる。

私はいつこんな技法を身に付けたのだろうか。次のデートに誘う口上をこの人生で初めてこんなところで使うとは…。

「では、友達を待たせてはいけないので本当に帰りましょうか!」笹川はそう言うとレジの方へ向かって行った。

私は笹川の後ろからマスターにごちそうさまでしたとだけ声をかけて扉を出た。

昼過ぎのカラッと晴れた暑さは嘘のように外は蒸し暑くなっていた。

セミの鳴き声を聴きながら空を眺めていると、後ろからカランコロンと音を立てて扉が開き笹川が出てきた。

「本当にごちそうさまでした。またお会いしたらお話ししましょう。」

「そうですね。思ったより僕は世の中に疎いようなので、もう少しニュースとか見ておきますね。」

「はい!それでは!」

私はそう言って小さく手を振る笹川に背を向け歩き出した。


帰り道でお昼にアイスを落とした場所を通った。アスファルトがアイスを平らげたようで、アイスの棒に電柱の影と並行してアリの行列が伸びていた。



「おーす、久しぶり。」

「久しぶり〜。」

あのあと一度家に帰って軽く体の汗を流してから友人の奈々と合流した。隣で汗でべたべただ〜と嘆いている友人の横ですっきりした私は、すまないなと思いつつも、やはり昼に外に出ている人間の気がしれないなとも思った。

「京子はさ、今日なにしてたん?」

「ん〜大体屋内で涼んでた。」

「なんだその言い方は。」奈々はしょうもないことでもよく笑う。今のどこに笑いどころがあったのかは分からないが文字通りゲラゲラ笑っている。

「なんか面白いことはないのか〜?」今まで笑っていたはずなのにそれでも面白いことを求めるのか。この女はどれだけ貪欲なんだとむしろ関心してしまうものだ。

「まぁまぁ、とりあえずお店に入ろうよ。」私が促すと奈々は渋々ながらお店に入るそぶりを見せた。面白いことを言わないと飲みに行けない制度でもあるのだろうか。5年来の付き合いだが初めてそんなことを知った。


こんな暑い日でも学生の多い街の土曜日の居酒屋は混んでいる。隣の席と自分たちの席の間が人一人分しか開いていないような大衆居酒屋に入りビールを2つ頼んだ。

なかなかに盛況していてビールが来るまで5分ほどかかった。その間奈々はビールを持った店員をキラキラした目で見つめ、近くを通り過ぎると露骨に残念そうな顔をした。まるで子供のようだ。今日というなんとなく非日常な感覚の日に前から変わらない彼女を見て何か安心した。


いざビールが来ると、奈々は持ってきた店員にビールを一つ頼んだ。店員は今持ってきたのにと不思議な顔をしつつも注文を受け付ける。店員が今日一番で元気であろう声で「生一丁!」と声をあげたのと同時に私たちは乾杯する。直後奈々はジョッキを持ち上げ一気にビールを飲み干した。クールな顔をして酒の飲み方がおじさんなのも変わらない。

「ぷは〜!やっぱりビールに限る!」奈々はおじさんというか、どこぞの三佐のような言葉を発しながら幸せそうな顔をした。

「そうそう、面白い話はないのかね。」奈々は諦めていなかったようだ。特に最近は面白い話もなく困りかけていたが、今日のことを思い出した。奈々に話すのは何か癪だが、話さないと1日中この話題を引きずる予感がしたため、早く話して楽になろう、と思ったのが間違いだとはこの時は気づかず話してしまった。


「ほうほう、詳しく聞こうじゃないか。」奈々は今までで一番目を輝かせながら身を乗り出した。

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