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君という呪い  作者: naco
第二章
18/21

10

僕が大学3年生の夏。新歓シーズンも終わり、生き残った数人が我が文芸サークルに加入した。

文芸サークルという名前とは裏腹に、大学一のいわゆる飲みサーと呼ばれている。

なぜかお酒の強い者ばかり集まり、本は好きだがお酒は弱い新入生たちが毎年興味があって新歓に来てはすぐに逃げていく。

飲みサーではあるものの、本当に本が好きで、年に数回はイベントなどで機関誌を出して、授業の合間は図書館ほどではないが、マニアの好きな本の揃った部室で各々好きな本を読んでは考察を語り合っている。

僕はそのメンバーの中でも無類の本好きで、無類の酒好きだ。

僕が1年生の頃の新歓で当時の部長を潰してから、恐れをなして誰も酒を飲ませてこない。以来、僕は飲み会の時には盛り上がっている皆を横目に端っこの方の席でチマチマと好きな酒を飲んでいた。

そんな僕に声をかけるのは同期くらいのもので、その度に何飲んでるの〜とか、何頼んだの〜、とか、それを聞いてどう話を広げるんだろうかと言った話題を出すのみだった。

かと言って仲が悪いとか冷めているとかではなく、その場の雰囲気は好きで僕はよく飲み会に参加はしていた。だから避けられていることもなければ、疎ましくも思われてもいない。とりあえず誘っとこう、冷静なやつ1人くらいは必要だ、と言ったような立ち位置で毎度のことながら飲み会には誘われていた。

そんなスタンスで部活にいたものだから、後輩にはあまり興味がなく、名前も知らなければ顔も見たことがあるか定かでない人間ばかりが飲み会の場には座っていた。

先輩たちは就活だとか卒論だとかで忙しくて、今この場で一番年齢を重ねているのは僕たちだ。

横暴な者もいれば、それから逃げてきた後輩が助けてくれと寄り付くのも僕たち。ある意味心地はいいが、ある意味では大変な役だとも思った。

ただ、その日は周りのメンバーがある程度気がしれていて、先輩のように気を使わなくてはいけない立場の人間がいなくて安心していた。

新入生のグループの中に、一際目立つ綺麗な黒髪の少女がいた。

その娘は肩より少し下まで後ろ髪を降ろし、前髪は流していて、濃すぎることもないが凛々しい眉毛がクールな女性を物語っていた。

あまりにも目立つ娘で、今まで気づかなかったのが不思議なその少女は、先輩たちに呆れながらも体育座りでビールを飲みながら枝豆を摘みその場に留まっていた。

周りの新入生たちは中学生からそのまま上がってきたのか、というほど幼稚に見えたのに、その娘だけは自分よりも遥かに年上で、下手したら会社で役職を持っていたり、お金持ちの奥様なんではないか、というほど大人びていた。

ついそっちに目が惹きつけられてしまい、見つめていると彼女と目が合った。

5秒ほど固まって見つめ合う。彼女の少し茶色がかった瞳に吸い込まれ、石にされてしまったようだ。彼女は目が合っていたことに今更のように気付き、無表情で僕に会釈した。

そのまま彼女はまた枝豆に目を移した後に、先ほどから騒いでいる僕の同期を見て周りに合わせて笑っていた。その姿がひとつひとつ画になっていて、僕の視線はその先にモニターがあって映画を見ているかのように釘付けになっていた。

隣に座っていたサークルの中でも比較的仲のいい友人が「笹川、珍しくどっか見つめてどした?」と怪訝そうな声で囁いた。

「僕、惚れちゃったみたい。」

「はぁ?」友人は驚いた。自分でさえも驚いた。

心のままに話せば、僕は一目惚れしたようだ。

「あ〜あれか、ハル嬢か。」

「ハル?」

「そう、ハル。彼女、今年の新入生の中で唯一の浪人らしくて、大人びてていい意味で浮いてるよな。なんかいろんな界隈で話題になってて、どこが発祥かもわからん噂が色々なところで飛び交っているとか。」

「へぇ〜。詳しいなお前。お前もさてはあの『ハル』って娘狙ってるだろ。」僕はニヤッと友人を見つめる。

「いやいや、そんなおこがましいことはせんよ。俺は笹川と違って顔もよくなければ文才もなく、何よりも酒が弱い。部室のお宝本目当てにこのサークルにいる影だからな。」友人は恥ずかしげもなく、口惜しげもなく、今の言葉を言い切った。俺の役回りはこんなもんだろうと割り切っているようだった。

「いや、お前は自分のことを卑下しすぎだ。なんだかんだこういった集まりには顔を出しているし、サークルの奴らともうまくやってるじゃないか。」

「うまくやるためだよ〜。実際、楽しいけどさ、この会にあまりにも顔を出さないと距離が出てきちまうから。みんなと程よい距離感をキープしているからこそ、何よりこの距離感だからこそ、多分俺はこの場にいることができてると思うね。」

「…どの口が言うんだ。僕なんかより友人が多くて代返のアテもたくさんいれば、彼女もいるお前がさ。」僕は今遠回しに馬鹿にされているんだなと言うことをようやく気付き毒づいた。かと言って、友人も嫌な奴ではない。これも一種の言葉遊びのような物だ。

「んまぁ、さ、俺はあの娘は怖いね少し。噂もあるし、何より大人すぎる。下手したらこの大学の奴らなんかみんな小学生に見えているんじゃないかな。」友人はそう呟くとはぁ〜こわと言いながらフライドポテトに手を伸ばした。

僕は彼女をもう一度見る。

何か儚げで、少し闇がありそうな大人びた彼女は、怪談で男を綺麗な見た目で魅了する妖怪のようだと思った。

僕は魅了されてしまったのだ。この感情から逃げ出すことはできないだろう。噂だとかなんだとかどうでもよくなった。


その後1時間ほどで会はお開きになり、各々席を立つ。二次会へ行く者、課題をやらねばと奮起する者、早く帰って寝たいと言う者、それぞれいる中、彼女はどこにも属さずケータイを見つめながら荷物をまとめていた。

その姿を見た僕は友人に「行くわ。」とだけ言うと後ろから「あれ〜笹川珍しく本気だったんかよ〜。戯れかと思ったわ〜。」と言うため息まじりの声が聞こえたがあえて無視した。


「あ、あの〜、ハルちゃん?だよね?」ハルは僕の顔を見ると知らない人に声をかけられたようにきょとんとした表情を見せた。

「あ〜あのさ、先帰っちゃわない?」

「はぁ。いいですけど。」

ん?これは手応えありなのだろうか。この後一緒にどう?というお誘いではなかったが、僕の誘いには乗ってくれたように感じた。この時ばかりは自分では思わないが周りから「顔がいい」と言われているのを信じてもいいかなと思った。


そして僕たち2人は居酒屋から出た。

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