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そうこう言いながら、長い時間お酒を飲めば、どんな人でも酔っぱらう。
私も笹川も例外ではない。2人であまり回っていない舌をなんとか回しながら話を続ける。
「それれれすれぇ、あのあろにれぇ、ぺろりといっちゃったんれすよ〜。」
「沢田さん酔いすぎですよ〜」後から考えると笹川はあまり酔っていなくて、酔っていたのは私の方だったようだ。
何もかもが面白く感じて笹川の発言も何も面白いわけでもないのにいちいち声に出して私は笑っていた。
その姿を見た笹川は呆れるでもなく、ニコニコとしながら見守っていた。
「沢田さんお水飲んでお水。」そう勧められ、私はされるがままに水を飲んだ。
水でさえお酒のように感じて、「これ美味しい〜!なんてお酒ですか〜?」なんて言う始末だ。
それを見ていた女将さんにも「美味しいでしょ。そんなに美味しそうに飲むからサービスね!」と言われてラッキーと言いながら私は笑った。
長い時間付き合ってはくれたものの、流石に見かねた笹川にそろそろ酔い覚ましに歩きましょうかと提案される。この時の私は厄介な酔っ払いで、まだまだ酒が足りん!と叫んでいたが、女将さんにもほらお嬢さんがこんな時間にそんな姿なのは危ないから笹川くんに送ってもらいなさい。とお酒を出す手を止めた。
「笹川くん、この子に手出しちゃだめよ〜?お酒の勢いで私は昔色々後悔したもんなんだから。」後ろから大将が「おい、それはどう言うことだ。」と少し慌てて口を挟む。
笹川はそれに対し笑いながら「大丈夫です。僕はそんなことしませんよ。」と丁寧に断りを入れた。
「あたしは〜ぜんぜんいいれすよ〜。」
「はいはい、お家に帰りましょうね。道案内してください。」女将さんはあらあらまぁまぁと口を手で覆いながら私たちの方をチラチラと見る。
そして女将さんは思い出したように笹川に呟いた。
「そう言えば笹川くん、もうどのくらい前かしら。3年くらい前?に一緒に来てた女の子、元気にしてる?すごくいい子で可愛がってたもんだから気になっちゃって〜。あ、京子ちゃんも十分いい子だからね!」と無理やりなフォローを入れながら。
しかし、その質問に対して笹川の表情は一瞬にして曇った。
「あ〜ママ。あの子に僕振られちゃって、それから連絡もとれないんです。ごめんなさい。」
それに対して女将は気まずい、と言うこともなく「あらそうなのね、変なこと聞いちゃってごめんね。」と言った。
笹川もさっきの表情はなくなり、「気にしないでください。」といつもの空虚な笑顔に戻っていた。
そして私は半分笹川に担がれているような姿で帰り道を歩く。
以前笹川と出会った曲がり角にたどり着いた頃にはかなり酔いは覚めていた。あくまで自分の感覚では。
笹川にもう酔い覚めたんで大丈夫です。ありがとうございました。と言って支えにしていた笹川から離れようとしたが足元はおぼつかず、そのまま床に座るように転んでしまった。
一歩手が届かず、笹川は焦って手を伸ばしてきた。
先ほどまで楽しくてしょうがない気分だったのに、何か自分が惨めな気がして涙が出てきた。
それを見た笹川は「痛かったですか?」と心配をしてくれるものの、そうではないし、そうでないことを伝えるほど思考能力は働いていなくて、なんとか首を横に振る。
「とりあえず座りましょうか。そこの自販機で飲み物買ってくるんで待っててください。人通り少ないとは言え車とかも怖いですから。」
そう言うと植え込みの縁に座らされた。
フラフラする体をなんとか支えながら、涙を堪えようとなんとか座って待っていると、笹川は水を二本買って戻ってきた。
「はい、飲んでください。」
「あ、ありがとうございますぅ…。」
「沢田さんがそんなに塩らしいの珍しいですね。」
「お酒のせいです…。」
「まぁそうですよね。」笹川はいつものように苦笑した。
「で、大丈夫そうですか?涙も引いてないし、何か嫌なことでもありましたか?」と笹川は続けて言った。
「さっきの話、やっぱり気になっちゃったんですよ…。なんかそんなこと考えてたら、強がって聞かなかったのに、ずるいよなぁ、虫がいいよなぁ、なんなんだと思っていたら、自分の心の小ささになんとなく失望してしまったんです。」
その言葉を聞いた笹川は目を細めて「ん〜。やはり話した方がいいですかね。」と手を顎に当て考えるポーズをとった。
「どちらにせよ、話すつもりで呼んだのも僕ですし、お酒の力に頼りたい気持ちもあるので話しますね。沢田さんもお酒入ってるんで忘れちゃってもいいです。」そう言うと笹川は深呼吸して話す準備を始めた。
「あ〜、ごめんなさい。私どれだけ酔っても記憶はあるので忘れられないと思います…。」私がそう水を差すと、笹川は転ぶリアクションをとった。
「ふふ。沢田さんはいつでも沢田さんですね。安心します。忘れなくてもいいですよ。でも、これから僕が話すことは面白い話でもなんでもないですし、同情して欲しい話でもないです。ただただ、僕の思い出話をします。聞き終わっても感想も求めませんし、はい、おしまいです、って言って帰ります。いいですかね。」
「お酒飲んでるんでそこまで覚悟できないっす。なんか言いそうだったら止めてください。」
「やっぱり沢田さんですね〜。わかりました。」笹川はそう言いながら私の頭を撫でる。その行動は世の多くの女性を落としかねない。卑怯な行為だってことは心の中に留めておいていただきたい。
「それじゃ、話します。4年前、僕がまだ大学生だった頃の話です。」